製造番号 その後…

 いつ集合がかかるかわからない中、俺達はいつでも出動できるように気を張っている。
 でもそれは国の為じゃなくて、俺達が少しでも長く生き延びる為。
 日記につけたペンを走らせ、文字を生む。
「よっ!」
 皆が雑魚寝している大部屋で、突然肩を叩かれる。
「……裕也か。」
「日記書いてたのか?」
「まぁな。」
日記を閉じると、裕也が手招きした。
「話し、しようぜ?」
「了解。」
 突然の襲撃を予想して銃を携帯する。そんな中でも裕也と色々会話するのは変わってない。  皆が眠っている大部屋を抜け、食堂へ向かう。食堂と言ってもまともな食事が出た事は無い場所だ。
 イスに腰掛けると、いつものように話が始まる。
「俺達さぁ、クローンなんだろうな。きっと。今まで自分がオリジナルだと思ってたから……変な感じだ。」
 俺の言葉に裕也が頷く。
「確かに、俺達がオリジナルって証拠はどこにもない。でも、クローンだって言う証拠もない。」
「まぁな。」
 それでも、何だか嫌な気分だった。もしかしたらクローンかもしれないという事で自分のいる価値が薄れているような、そんな感じ。
「それにね、クローンでもオリジナルでもどっちでも同じだ。両方とも価値が下がっていく。必要になったら作って、必要じゃなくなったら殺す。」
「使い捨て…って事か。」
 俺の言葉に裕也が頷く。
「皆がクローンを否定しているのは自分達が使い捨てになりたくないからだと思うよ。」
「俺達はもう充分使い捨てだけどな。」
「まぁ、ね。」
 暫くの沈黙。時計の秒針の音が空気を揺るがすのがわかる。
「もしもこのプレートがなくなったら、俺は俺ではなくなる。」
 突然裕也が首にかけたプレートを俺に見せた。
 俺達が持っている製造番号の彫られたプレート。それこそが俺達を個々として認識できる唯一の物だった。
「これがなくなったら、俺は俺ではなくてクローンだ。」
「あぁ。」
「クローンがいる中で、このプレートってすっごく貴重なものなんだ。これがなかったら、もうお前でさえ俺を見つける事は出来ない。」
「………。」
 そんな訳無いと言いたかった。いつも話し相手になってくれて、こいつとは世界観が凄く近いんだと思っていた。一番の理解者だと言ってもいい。
 そんな奴に、その一言がかけられない。それが凄く辛かった。
「最初は製造番号に腹が立ったけど………今じゃ、感謝してる。」
「どうしてだ!?俺達をこんな戦争の駒にした番号にどうして……!?」
 声を荒げる俺に裕也は苦笑して言葉を続けた。
「俺が俺でいられるから、かな?」
「………。」
「俺達の代わりはいくらでもいる。例えるなら、ゲームのキャラクターみたいに。俺が死んでも新しい奴がそいつに代わって物語を進めて行くんだ。……俺を残して。」
「裕也……」
 かける言葉がない。こいつの理論はいつも冷静で、無茶苦茶で、説得力がある。
「別に俺がクローンでもオリジナルでもどっちでもいいんだ。俺を、俺として認めてくれる人がいるならどっちでもいいんだ。でも、その為にはこのプレートが……」
 このプレートが憎くて堪らないのに、プレートのおかげで俺達は俺達でいられる。
「……元の生活に、戻りたい。」
 小さく呟く裕也の声は幽かに震えていた。
「そう、だな。」
 絶対に生きて帰ってやる。そう思った。
 ここに来てすぐの頃は諦めが勝っていたのに、だ。
「生き延びような?」
 頷く裕也の目から流れる涙に気付かないフリをして、俺達は大部屋に戻った。


 脳内に染み渡る硝煙の匂い。いつになってもこの匂いには慣れない。
 どこか遠くで爆音が聞こえる。
「ったく……。」
「ん?」
 俺が小さく呟いた声に隣にいた裕也が首を傾げた。
「……不利じゃねぇ?俺達。」
「そうだね。」
 あっさりと裕也が言い放つ。まぁこれで俺達が優勢な訳無いんだけどな。
 俺達は今回同じグループに所属されていたそんな時、運悪く俺達のグループは敵に囲まれてしまったのだ。
 弾薬は徐々に、だが確実に数を減らしていく。
「…死にたくねぇな。」
「そうだね。」
 そう言って裕也は敵に銃弾をぶち込んだ。
「こんな死に方ごめんだし。」
 にこやかに笑う裕也。おどけた様子がかえってこの現状の厳しさを浮き立たせる。
 銃撃戦に突入した。俺達は銃に弾を詰める。
「お前、遣り残した事ないのか!?」
 鼓膜を突き破るくらいの銃声のノイズに負けないよう、声を張り上げて裕也に問う。
「へ!?」
「だから、遣り残した事!!」
「……バッカみたい!!」
 暫くの沈黙の後に、裕也がそう言った。
「はぁ!?」
「俺達が死ぬような事言うな!!」
 また、銃声。裕也がトリガーを引く。俺も敵に向かって銃口を向け、トリガーを引いた。
「それに、こんなバカみたいな戦争で死にたくなんてないんだよ!!」
 敵が倒れる。でも数は一向に減る気配を見せない。援軍がきても助かるかどうか……。
 でも、お前の言う通りなんだよな。
「そうだな!!」
「だろ!?」
 嬉しそうな裕也の顔。そうだよな。俺達、こんなバカみたいな戦争で死ねない。
「何が何でも生きて帰る!例え俺が誰かのコピーでも、俺は今生きてる!」
 訳わかんない事を叫んで、悪戯っぽい笑みを浮かべたる裕也に俺も釣られて笑う。
「だから、死ねない!」
「俺もだ!!」
 援軍が来ても来なくても、どっちでもいい。俺達は生き残る。
 俺はそう思ってトリガーを引く。多分、敵の奴らも死にたく無いと、そう思っているんだろうと思いながら。
 激しくなる銃撃戦。味方が何名か地に伏して生命活動を停止する。
「援軍だ!」
 誰かが声をあげる。銃撃の中で、その声は確かに俺の鼓膜を震わせた。
 激しくなる銃撃。
 援軍が来る前にかたをつける気だろうか?
「くそっ!」
 時間が経過するのって、こんなにも長い事だったのだろうか?
 また味方が倒れる。また、また、また……。
 絶対に生き残ってやるんだ。我武者羅にそう思う。
ここに来て暫くはそんなのどうでもよかった。でも、目の前で沢山の死を見てから俺の考えは変わった。
 絶対に、生き残るんだ。
 激しくなる銃声の中、突然隣にいた裕也が倒れこんだ。
「え?」
 一瞬何が起こったのかわからなくて思考が停止する。こんな時に倒れるんだ。理由くらい普通はわかるだろう。つまり俺は普通じゃなかった。普通だったら理解できる物を、理解したくなかった。
「冗談だろ?」
 自分に問い掛けるような言葉。いや、自分に問い掛けていた。隣にいた裕也が、今、地面に伏している。今まで死んでいった奴らみたいに。
「裕也!!」
 銃なんか放り出して裕也の怪我の状況をみる。顔面は蒼白で、鎖骨のあたりから大量の血液が流れ出ていた。
「大当たり!なんてね。」
「このバカ!!」
 こんな時ですらおどけるコイツに腹が立つ。冗談じゃない。こんなの冗談じゃすまない。
「これって致命的だよな?確かここらへんって太い血管あったはずだし。」
 そう言う裕也の呼吸が荒くなる。顔面がもっと白くなる。徐々に裕也から抜けていく生きるという事。
「血管に弾が当たる訳無いだろ!」
 出血量が多すぎて、直接止血をしても布が赤く染まるだけで出血は止まらない。
「くそっ!」
「最悪だよな。こんなパターン。」
「くそっ!!」
 どうして血が止まらないんだよ?ここ以外に傷はない。この血が止まれば裕也は助かる。それなのに!
 援軍はもう近くまで来ていた。敵は包囲される形になった。もうすぐこの戦況から脱出できるのに!
 なんでだよ!?
「本当、最悪。」
 小さく笑って、裕也の体から力が抜ける。出血のせいで意識を失ったのだろう。まだ幽かな呼吸音が裕也から聞こえた。
 だが、急がないと裕也は…。
「………」
 俺は銃を手にした。震える手で狙いを定める。
 生き残る為に何人もの人を殺した。そいつらも、死にたくなかったんだろう。そいつらの知り合いも死なれたくなかったんだろう。今の俺達みたいに。
 トリガーを引くと、狙いの先にいた奴が胸から鮮血を出して倒れた。
「……くそっ」
 だから俺達もそうならなきゃいけないのか?死にたくない時に死んで、死なれたくない奴に死なれなきゃいけないのか?
 ……ふざけるな!
「くそっ!」
 隣で裕也の呼吸が小さくなる。俺に触れている手が冷えていくのがわかる。
 裕也が死んでいく。
「くそっ!!」
 元の生活に戻りたい。
 元の生活だったら誰も殺さずにすんだ。裕也もこんな目に遭わなかった。
 怒るべきは、俺達を戦争の駒にしたこの国。上でのうのうと生き抜いているバカな権力者。戦争をゲームにした国。自分の私服を肥やす事だけに必死の権力者。反戦運動すらしない平和ボケした国民。
 全てがその対象。
「裕也、しっかりしろよ!もうちょっとの辛抱だからな!」
 俺の言葉に裕也が力なく頷く。
「わかってる。俺は死なないから安心しろよ。」
 小さな声で、でも確かに裕也はそう言って笑顔を向けた。


『普通の生活が戻ってきた。
 戦争が終わった理由はこの国の沢山の悪事が国民にバレて、国内が荒れて戦争どころじゃなくなった。それだけの事。
 戦争は1年に渡った。
 クローン人間にも人権が作られ、俺達は住んでいた場所に戻され、死んだ人が出た家には給付金が与えられた。
 戦死した人の家族が会議を開いて、クローンを、死んだ奴の代わりに受け入れるという事になった。
 それで俺達は表面上は綺麗に元通りになった普通の生活を、元の生活を送れるようになった。
 ただ、問題は………。
 銀のプレートがない今では、目の前にいる人が本当に今まで俺が知っていた人なのかどうかがわからないという事だ。
 だって、俺のクローンや他の人のクローンも沢山あって、そいつらが入り乱れて暮らしているのだから。』

「よっ!」
 学校帰り、元気に声をかけてきたのは裕也だった。
「よぉ。」
「元気ないなぁ。」
「ちょっとな。」
 今日は特別な日だから。と、心の中で答える。
「ま、そんな日もあるよ。じゃぁな!」
 そう言って手を振ると、裕也も振り返す。互いに家に入って、表面上だけ取り繕われたいつもの生活を噛みしめた。
 自分の部屋に入り、鍵をかける。鞄を放り投げ、ベッドに腰掛けた。
「………。」
 今日は忌まわしい日。俺の目の前で大切な物が消えていった日。
 首にかかったチェーンを触る。ジャラ…と音をたてて、チェーンの先に通された3枚のプレートを見た。
 二枚は俺のプレート。そして、もう一枚は裕也のプレートだ。
 プレートはドッグタグの意味もあった。人が死んだ時、その遺骨の代わりにプレートを一枚持って帰るのだ。
「……裕也……」
 多分これから先アイツ以上に気の合う奴は現れないだろう。
 今日は忌まわしい日。俺の目の前で裕也が死んで逝った日。『死なないから安心しろ』とか言っておいて、アイツはあっさりと逝ってしまった。
 隣に住んでいる裕也は、俺の知っている裕也じゃなくて、裕也の形をした違う人間だ。
「裕也、俺は忘れないから…。」
 裕也の家族も近所の人も、アイツを裕也だと認めているけど、俺はそんなの認めない。俺と気が合って、いつも話し相手になってくれたのは、死んでしまった裕也なのだから。
 それに、もしアイツを裕也と認めたら、死んでしまった裕也はどうなる?
 だから俺はアイツを裕也とは認めない。アイツを裕也と認める事は、裕也を忘れる事。裕也の存在を否定する事。
 だから、忘れない。俺はお前の存在を否定なんかしない。
「御飯だからおりてきなさい!」
 下から母親が呼ぶ声が聞こえる。…あの声の主は、本当に今まで俺が母親だと思っていた人なのだろうか?
 家族は?
 学校に通っているクラスメイトは?
 いつもすれ違うあの青年は?
 ソレを思うなら、全てが偽物に思えてくる。銀のプレートがない今では、偽物が本物になる事だってあるのだから。

「お前だけが、本物なのかもしれないな…。」

 自嘲的に呟いて、俺は下へ降りた。







(c)Kyouzaki