why?
俺はどうして、生まれてしまったのだろうか?
ヴィジョンをつけ、暫くそれを眺めているとウルトラヴァイオレットの警報が出る。ウルトラヴァイオレットとは太陽からの紫外線の事だ。俺は迷わず電話に手を伸ばす。
「もしもし?あ、シュルツ?俺だけどさぁ。」
『もしかして、試合中止………?』
不安そうなシュルツの声が電話越しに聞こえた。
「そう。中止。だって警報出てんだから仕方ねぇだろ?」
『そんな!俺GFの試合楽しみにしてたのに……ディス、何とかしてくれよ!!』
そんな事を俺に言われても、俺は全知全能の神じゃない。そんな事できる訳無いだろうが。
「俺が何とかできると思ってるのか?」
『思ってない。……ごめん。言いたかっただけだよ。また今度、試合しよう。』
「あぁ。また今度な。」
そう言って電話を切る。
『……この事態について、皆さんはどうお考えでしょうか……』
ヴィジョンが映像と音を垂れ流す。
中止になったのはGFというスポーツの試合。俺達はGFでチームを組んでいた。本当は今日俺達の試合があったのに、ウルトラヴァイオレットのせいで試合は中止となってしまった。
でもなんとなく試合が中止になるのはわかっていた。ウルトラヴァイオレットの警報が出ない日はごく稀で、50日に一回あるか無いかだ。その50分の1の確立を割り出すのは結構難しい。これこそまさに神のみぞ知るって奴だ。
俺達が生きているのは、もう何百年も前に地球が消えてしまった時代。
俺達は月で生まれた人間の子供。人間は大体15で成人し、結婚し、子供を生み、40で死ぬ。今から数え切れないくらい前の世代の悪食がたたり、今じゃぁ40が平均年齢となった。でも俺は先祖を恨みはしない。ただ、俺達は先祖みたいな間違いを繰り返さない。それだけだ。
ドアの開くウィィンという音が聞こえて、俺は寝そべっていたソファから起き上がった。
「よぉ。」
俺が話しかけると、部屋に入ってきた少年(名前はキィル)は小さく返事をした。
「やぁ。不健康そうで何よりだよ。」
何ともこいつらしい皮肉った口調。俺は小さく肩をすくめた。
「お前こそ、不健康すぎじゃねぇの?シガーの匂いが服に染み付いてるぞ。」
「そうか。」
俺の忠告に、キィルは煙草と同じ形でシガーと呼ばれる代物をポケットから取り出して、これ見よがしに火をつけた後に煙を吸った。
「ま、いいけどよ。」
今更何を言っても聞かない奴だという事くらい百も承知だ。……ニコチン中毒者め。
「そうか。」
漸くわかったかと言わんばかりに口の端を吊り上げて笑う。
『新たな星の開発の為のロケット製造が中止されました。月で人間が生活できる年数はあと50年と思われており、この状態が続けば、人類は絶……』
この部屋は俺達二人の部屋だ。そしてこの部屋を含むこの家が俺達二人に支給されている。居間とトイレと風呂と個人用の部屋が二つに寝室が二つ。家賃は政府が負担してくれる。家賃だけではない。俺達が生活で使ったものは全て政府が払ってくれる。
俺達は特別なのだ。では、どうして特別なのか?それは俺達が未来を作り上げる者だからである。
「……俺にも一本くれないか?」
「どうした?お前はブラッディの方が好きだろう?」
そう言いながらもキィルは俺にシガーを一本くれた。端を口に含み、もう片方をキィルの吸っているシガーの火種に押し付けて息を吸った。赤い熱が俺のシガーに燃え移る。
「サンキュ。」
「………GFの試合が中止になったのがそんなに辛いのか?」
キィルはソファを陣取っている俺を押しのけ、ソファに腰掛けた。俺はソファの端に寄せられる。
「違ぇよ。」
「ならどうしてだ?お前はシガー派じゃないだろうが。」
確かにブラッディの方が大好きだ。けど。
「そんな気分なんだよ。」
「そうか。」
それ以降会話はない。ただ、二人でもくもくと沈黙と煙を漂わすのみだ。
俺達人間はもともと月ではなく地球に住んでいた。その地球は資源をすべて人間に吸い尽くされ、重力発生装置の開発により存在理由を失くされ、随分と前に爆破処理をされている。
その時に一人の少年が地球と一緒に死を選んだという話は結構有名である。どうせなら、人類全部がその少年のように地球と一緒に死んでくれれば、俺達は生まれずに済んだのに。
『……食料供給システムの不具合の発見、そして永遠と思われたエネルギー発生装置の故障、この星に安心できる場所は無くなってしまったのでしょうか?どう思いますか?コメンテーターの……』
三流の討論番組を見たキィルが、眉根を寄せてチャンネルを変える。
俺が生まれなければ良かったと思う理由は多々ある。ウルトラヴァイオレット保護フィルターがかけられている室内と地下通路や地下街などしか移動ができない事。異様な程の寿命の短命化。そして俺達の目に見えない所で繰り広げられているもっと沢山の絶望的な事。
それらは俺達だけではもはやどうにもできない。まして、目に見えない所で繰り広げられている絶望的な事など、俺達にはどうしようもない。
「キィル、虚しくないか?」
「何が?」
「存在する事が。」
「なら死ね。」
随分冷たく言われたもんだ。
「キィル冷てぇのな。」
「今更言うな。」
キィルの視線の先にはニュースを流すヴィジョン。少子化に対する政府の対応策が並べられているが……無理だろうな。
俺達はいつもどおり同じソファに座り、会話も無く、ただそこにいるのみだ。
『次のニュースです。またもやウルトラヴァイオレット保護フィルターの破損が見つかりました……』
そのニュースにキィルが小さなため息を漏らして、俺を見る。
「ブラッディもらうぞ。」
「いいけど、シガー派じゃなかったのか?」
「そんな気分なんだ。」
「どうぞ。」
キィルはソファの前にある小さなテーブルの上においてあった俺のブラッディを一口飲んだ。ブラッディは一言で言うと酒みたいなものだ。
「旨いだろ?」
「あまり。」
「なら何で飲むんだよ?」
問いかけながらも、答えは知っていた。
『……居住区Eの18ブロックにて酸素供給システムに異常が発生しました。くりかえします……』
「お前だって、答えは知っているだろう?」
特殊グラスを使った眼鏡越しの冷たい視線に射られる。キィルは目の色素が薄く、少しの光にもまぶしさを感じてしまうのだ。故にこの眼鏡をつけないといけない。
「あぁ。知ってる。」
何故俺達は体に悪い事をするのか?そんなのの答えは簡単だ。
「同じ過ちを繰り返さない為だろ?」
「ソノトオリ。」
キィルが大昔に使われていた言葉で答える。俺はキィルが手に持っていたアルコールの入っているグラスをぶん取り、一気にあおった。
俺達の言うブラッディは少量のアルコールにジュースを足して、ある薬品を加えたものだ。シガーも殆どタバコと変わりはしないが、ある薬品が混ぜられている。だからこそ俺達はそれを体に取り入れるのだ。
同じ過ちを繰り返さない為に。
「キィル、早く起きろよ。」
今日は身体検査の日。俺達みたいな成人していない子供達が首都に集められて体の健康をチェックする日なのだ。
政府から特別なものとして扱われる未来を作り上げる者は一年に一度必ず身体検査を行わなければならない。
「………起きた。」
不機嫌な顔をしながらキィルが目を覚ます。俺はキィルが眼鏡をかけたのを確認してから遮光カーテンを開けた。外は晴れている。今日もウルトラヴァイオレットの警報が出るのだろう。
「検査の日だからシガーは無しだぞ。列車も会場も禁煙だからな。」
そう言って俺はキィルの分も出かける準備をし始めた。キィルは日ごろはしっかりしているのだが、寝起きだけはとろい。
「ほら、着替え置いとくぞ。」
俺はそう言ってキィルのベッドの上にキィルの服を投げ置いた。
『本日も、ウルトラヴァイオレットの量が多いでしょう。皆さんは外に出ず、保護フィルターのかかっている場所及び建物内で……』
つけっぱなしのヴィジョンから垂れ流されるのは絶望的な状況を報告する映像と音。
まだ眠そうなキィルを無理やり着替えさせ、出かける準備を終えた俺達は自分達の住んでいる居住区から南東にあるステーションへと向かった。ステーションは沢山の居住区と政府区などを結び付けている。
「キィル、目ぇ覚めたか?」
「……シガーが欲しい。」
「止めとけ。これから身体検査なんだぞ。」
形式だけでも健康に見せればいい。身体検査と言えど、全ての病気が薬で治療される今となっては、念の為に行われている恒例行事に過ぎないのだ。
ステーションから改札を抜けて列車に乗り込む。この列車は、新しく発見された鉱石を分解する事で発生するエネルギーで動いている。環境にやさしいと言われているが、実際のところは誰もわかっちゃいない。
がら空きの列車のいすに腰掛けて一息つく。
『まもなく発車致します。列車の中に入ってお待ちください。』
アナウンスが車中に流れ、音楽と共にドアが閉まろうとした。そこへ一人の少年が駆け込んで列車に入る。ドアに挟まれるのを免れた少年は俺達を見るや否や人懐っこい笑みを浮かべた。
「キィル、ディス、おはよう。」
「「おはよう。」」
俺達の声が重なる。それを見て少年は小さく笑う。こいつがシュルツ。俺とキィルと一緒にGFのチームを組んでいる奴だ。
「駆け込み乗車はおやめください。」
冗談半分でそう言ってやると、シュルツは頬を膨らませた。
「仕方が無いだろう?この列車に乗り遅れたら身体検査に遅刻するんだから。」
「遅刻しないように早く起きればいいだろう?」
キィルが偉そうにそう言って足を組む。お前は俺が起こさないと遅刻するくせに。喉まで出かかったその言葉を押しとどめた。
「この間のGFの試合、残念だったな。」
「まぁね。」
シュルツはそう言うと鞄のポケットから棒付のペリシュを取り出した。ペリシュというのはキャンディにある薬品を混ぜたものである。
眠たそうなキィルの目がそれに向く。シガー中毒のこいつは今、口寂しさを紛らわせる物が欲しいのだろう。
「それ、よこせ。」
言うや否やキィルはシュルツのペリシュを奪い取った。手早く包装をはがし、口に含む。キィルは満足そうな笑みを浮かべた。
その正反対にシュルツが不機嫌な顔をする。当たり前か。
「俺の!!」
「返した方がいいか?」
誰もそんな他人の唾液のついた物をいるなんて言わない。それを見越してキィルはシュルツに問いかけた。
「それにお前の事だ。あと5〜6本くらい持っているだろう?」
開き直った様子でキィルはシュルツから顔を背ける。シュルツはしぶしぶと自分の鞄のポケットからペリシュを取り出した。その瞬間ちらりと見えたのだが………明らかに二桁を越すペリシュの群れが鞄のポケットの中を陣取っている姿だった。
「で、最近どうよ?ペリシュの流通。」
俺が問いかけると、シュルツはペリシュを口に含んだままニヤリと笑った。
「上々かな。ニコチンやアルコールに依存したくない人が結構欲しがってる。」
「そうか。」
「辛党の奴にはどうする?」
「一応考えたんだけど……持ち運びのできるタイプはないんだよ。」
「そうだよな。」
俺も辛党だ。でも辛いもので持ち運びのできるものは殆どと言ってない。
俺達はある薬品を体内に摂取するためにシガーやブラッディ、ペリシュなどを体内に受け入れているのだ。
「ミントとかどうだろう?」
「スパイシーなのが好きな奴はどうする?」
「う〜ん……。」
俺達の談義は、辛くて持ち運びのできる物選びとなった。
勿論その間にも列車は動き続けて、ステーションに止まる度に何人かの俺達みたいな子供を乗せた。行く先は皆同じ、首都だ。腐りきった世界を尚も続けようとする愚かな場所。
「悪ぃ、シュルツ。俺にもペリシュくんない?」
「…………いいよ。」
シュルツは少し考えた後に俺に棒付のペリシュをくれた。二人がそうしているように、俺も手早く包装をはがし、棒付キャンディを口の中に放り込んだ。マスカットの味が口中に広がる。
『まもなく、首都<エターナル>です。』
アナウンスが流れると車内が少しざわついた。
俺達が話している間にペリシュを咥えたまま眠りについていたキィルを叩き起こすと、ちょうどドアが開いた。
「……シガーが欲しい…」
寝ぼけながらもそう言う時点でこいつは相当のニコチン中毒者だ。
「わかったから。家帰ったら思う存分吸っていいから。」
まるで幼い子供を諭すようにそう言って俺達は列車から降りた。
首都は全てが動く歩道でできている。地面に小さなボールがついており、体重をかけた方へと進む仕組みになっている。体を傾ければ傾ける程スピードは速くなり、地面に垂直になればなる程スピードは落ちるように設計されている。
ステーションから身体検査が行われている建物に着くまでは大して時間はかからなかった。建物の中に入ると数人の女性が立っていて、
「入って右側の部屋へとお進み下さい。」
なんて言っている。
指示通りに入ると、やはりそこは去年と変わらず真っ白な部屋だった。そこには俺達みたいな子供がわんさか集められている。そして思う事は、男が異様に少ないいう事だった。当たり前だ。男が生まれにくいからこそ、男の子供は女の子供に比べて重宝される。
「シュルツ、ペリシュ。」
さも当たり前のようにキィルがシュルツにそう言う。その口には棒付のペリシュのなれの果て、白い棒のみが残っていた。
「その棒を咥えてればいいだろ?これ以上俺から甘い物を取らないでくれ。」
今にも泣きそうなシュルツに、キィルは小さく舌打ちをしたものの、それ以上強要する事は無かった。
「皆さん、一列に並んでこちらへどうぞ。」
女が拡声器越しに俺達に言う。
白い部屋の隣は黒い部屋。そこで俺達は体のチェックをされる。脳から始まり爪先までチェックされ、病気があった場合は政府から薬を出される。それが毎年行われるのだ。
「キィル、並べってよ。」
俺はボーっとしているキィルの腕をつかんだ。キィルがきちんと覚醒するまで、その日によって変化があるもののおおよそ3時間はかかる。それまでは俺がこいつの面倒を見ないといけない。
「わかっている。」
「わかってても体がついてこなくちゃ意味ねぇだろうが。」
小さなため息が思わず口から漏れた。
そして俺達は黒い部屋へと歩いた。黒い部屋は本当に真っ暗だ。この黒い部屋を通り過ぎる事で俺達は体の変化を調べられる事になる。
「眠ぃ。」
不機嫌そうなキィルの声。どうやら漸く意識が覚醒し始めたらしい。
「そうだな。」
適当な相槌を打って歩き続ける。暫く歩くと、出口が見える。出口を抜けるとそこは灰色の部屋だ。沢山の白衣を着た女性が一人一人に薬を渡す場所だ。
「どうぞ。」
一人の女が俺に薬を渡す。その時に俺のポケットに小さな紙を入れた。これは、身体検査にはまったく持って関係の無い行為。俺は表面では表情を変えなかったが、正直今すぐこの女を殴り倒したい衝動に駆られた。
キィルやシュルツも俺と同じような目にあっている。シュルツは困ったような顔をしている。キィルはその紙をポケットから取り出し、床に落として踏みつけた。その時の目が物凄く冷酷で俺は思わず首をすくめた。それを直視した女は顔面蒼白になっている。………見なかった事にしよう。
これで身体検査は終了。俺達の体調は政府管轄のコンピューターに登録され、病状が悪化しているか体調は変化しているかなどを事細かに記される。まぁ、俺達自由を受けている訳だからこれくらいの束縛は我慢しなければならないのだろう。
「帰ろうぜ。」
俺は二人に声をかけた。二人とも頷く。女達の男を狙っているような雰囲気にはこりごりだ。俺達は逃げるように建物を後にした。
「ったく、災難だぜ。」
「そうだな。」
賛成の言葉を唱えるキィルは、自分の知らない間にポケットに入れられていた小さな紙をグシャグシャと丸めてステーションのゴミ箱に入れた。
その紙には、女の名前と住所などが載っている。つまり『ヤリたくなったらどうぞ』という事だ。だが、子供なんてそんなもの欲しくない。新たな命をこの絶望のみで形成されている世界に産み堕とすなどという酷い仕打ちもしたくなかった。
列車がやってくる。俺達はそれに乗り込んだ。行きと同じで乗っている人数は少ない。
「シュルツは相変わらず人気だな。」
キィルが小さく笑いながらそう言った。
「言うな。」
冗談半分だったが、シュルツの顔は、まるで苦虫を噛み潰したようだ。そしてシュルツのポケットや鞄には沢山の紙切れが入っている。
「ディスも中々人気じゃないか?」
キィルが笑いながら俺の名をあげる。自分にそう言う話題を振られるのは嫌いな癖に、他人に話題を振るのだから性質が悪い。
「そうだ!ディスの方がきっと俺より紙の数が多い。そうに決まってる。」
「……まぁ、な。」
何か勝手に決め付けられている、が。確かにその通りだろうから否定はしなかった。
「女はしぶとい生き物だな。」
キィルが苦々しくそう言う。俺達は頷いた。
「人間が絶滅しないのは女性のそう言う部分が影響しているんだろうよ。」
シュルツがそう言う。俺もその意見に賛成だ。女ってのは恐ろしい生き物だ。自分の腹の中で子供を育てて、血まみれのソレを生む。愛情を欲しがり、快楽主義的な部分が多く、本能に忠実だ。故に、このような絶望的な状況下に置かれても種の保存をしようとしている。
……俺としては今すぐ絶滅して欲しいと言うのが率直な意見だ。
「で、何枚紙を渡された?」
「……………28枚」
黙っていても何も変わらないという事はわかっているが、言いたくなくて暫く間があいてしまった。
「28!?さすがディス。俺だって21枚だった。キィルは?」
シュルツがキィルに問いかける。キィルは俺達の中で一番の女嫌いだ。そんな奴に聞くなんて、シュルツは度胸があるのか馬鹿なのか。
「……26枚。」
不機嫌そうにキィルがそう言って、シュルツは初めて自分の置かれている状況に気付いたらしい。あんな質問をしたら、キィルに暴行を加えられても文句を言えないぜ?
「凄い。…嬉しくないだろうけど。」
「まったくだ。」
何とかこの場は切り抜けたようだ。まったく、運だけはいい奴である。
「女は嫌いだ。」
苦々しくそう言うキィル。お前は気付いていないのだろうが、この列車の同じ車両に乗っている女達がさっきからお前やシュルツ……それに俺までずっと見てるんだ。
「おい、」
いかにも不機嫌そうなキィルの声に、俺はビクリとした。ありえない事だとわかっているが、キィルに考えていた事を読み取られたのかと思ったのだ。
「シガー持ってないか?」
「……持ってない。」
どうやら意識が覚醒するに従って、ニコチンが切れた禁断症状がピークにきているようだ。内心ほっとしながらシュルツに目配せする。シュルツは俺の言いたい事がわかったらしく、仕方ないと言った風に鞄のポケットから棒付のペリシュを取り出してキィルに渡した。
「ほら。これやるから。」
シュルツにとっちゃ苦渋の選択だったろう。俺は心の中でシュルツの行動に感謝した。
「……。」
キィルは少し不服そうだったが口寂しさには勝てなかったらしく、キャンディの包装を剥がして口に含んだ。
列車は、走る。
俺達がブラッディやシガー、ペリシュなどで摂取している薬品とは、生殖機能を低下させる薬だ。薬と言うよりは毒と言った方が正しいのかもしれない。
同じ過ちを繰り返さない為に俺達はその毒を体内に取り入れる。政府がくれた体を治す薬さえ飲まなければ、俺達の生殖機能は低下して使い物にならなくなるのだ。
「………結果、どうだった?」
「生殖機能に著しい低下あり。早急に薬を服用し、治療する事。」
キィルはそう言うと、シガーの先の火種を赤く光らせた。
「全人口の内、男性の73%が俺達の作っている薬を服用している。服用者の数は時間の経過と共に増加中。この調子なら今から2年後には男性のうち99%が薬を服用する事になる。」
機械をいじり、キィルが俺に統計を見せた。
「俺達の代で人類は絶滅するかもな。」
満足そうなキィルの笑み。きっと俺も満足そうな表情を浮かべているに違いない。
勘違いはしないで欲しい。俺達の願いは人類の絶滅ではなく、『新たな子供の誕生を防ぐ』事なのだ。結果は同じでも、動機は違う。
俺達はこの月に生まれた。しかしこの星はボロボロになっており、生き残る術が失われつつあるのが現状である。こんな絶望のみが残された世界に新たな命を産み堕とすというのが、俺には堪えられなかった。
つまり、それこそが最大の過ちなのだ。俺達人間がこうやって生き延びようとして、子孫を繁栄させようとする事が。
だから俺達はその過ちを繰り返さないように薬を服用し、薬を欲しがる者に分け与える。
「俺達は元々地球で生まれた。そんな奴らが地球以外で生き残れる訳がないんだよ。」
苦々しくそう言ってブラッディをあおると、キィルが頷いた。
「だからこそ、同じ過ちは繰り返させない方がいい。人間なんて存在してはいけない存在だったんだ。」
「三年後か十年後か……俺達が人類最期の子供達になれるように祈っとけ。」
「そうだな。」
種の保存の本能があるのなら、種を絶滅させる本能だってあるはずだ。それは生の本能の対岸に死の本能が存在するようなものだろう。そしてきっと、俺達にはその種を絶滅させる本能が働いている。残念な事に死の本能はまだ眠りについて起きそうには無い。
俺達の目の前で繰り広げられるのはいつもと同じ単調なニュース。少子化、次々と姿を現す緊迫した環境情勢、他の星へ行くロケットの材料の不足………。
『本日も、ウルトラヴァイオレットの量が多いでしょう。皆さんは外に出ず、保護フィルターのかかっている場所及び建物内で……』
今日もまた、ウルトラヴァイオレットの警報が発令された。

(c)Kyouzaki