稔彦SIDE

 俺の一番小さい時の記憶は、雨と血の匂い。隣で弟の将彦が火の付いたように泣いている。そんな俺の目の前に人影が現れる。そいつが近づいてくる。怖くて怖くて追い払おうと必死に抵抗するがそいつは怯まずに俺達に近づいてきて、それで…目の前が真っ白になって俺は意識を失った。
 次に古い記憶は多分七歳位の頃。俺はある組織に保護されていた。保護といってもそれは表面上の話しで、毎日のように繰り返される身体実験が、俺の存在価値が何であるかを言葉を使わずに教えてくれた。
 三番目の記憶は十歳の頃。実験のモルモット的存在だった俺に新しい存在価値が加わる。戦線に加えられ、敵の情報を探る事を強いられた。俺は漸く自分を認めて貰えたのだと思っていたが、モルモットから兵器へとランクが格上げされただけだった。
 それからの記憶ははっきりしている。
 つい二年前まで俺は組織の中でモルモット兼有力な兵器として活動していた。唯一の救いは俺に視線が集まる事で将彦へ組織の魔の手が伸びなかった事と、直接的に人を殺す事が無かった事。
 将彦は精神面に影響を与える力を持ってたから、研究者に気付かれないまま研究対象にされずにすんだけれど、時折将彦も研究対象にしようとする奴らがいた。その時は俺が将彦の代わりに研究対象になった。
 ある日いつも通りに俺が仕事をしていると、そこにレイズと名乗る謎の人物が訪れて俺達の保護者になると言い出して研究室から連れ出した。
 それからは今までの生活が嘘だったみたいに、勉強を教えてもらって、普通の生活をして…本当、全部嘘みたいだった。
 でも、奇異の視線で見られるのは変わらない。レイズは俺達兄弟を迎え入れてくれたけど…それでも組織の奴らの目はとても痛くて。
 ここにいる限り、俺はずっと化け物のままなんだ。そんな考えが頭を支配して、それ以外もう何も考えられなくて。
 そして俺は、組織から逃げ出した。


 逃げて、逃げて、逃げて。
 何で逃げてしまったんだろう?奨を助けると決心した時に、俺の力の事を皆に説明しようと決めていた。…でも、怖くなったんだ。
 俺が普通じゃ無い力を持っていると知っても皆は俺を拒否したりしない。そうわかっているけど、『もし』拒否されてしまったら?今まで転々として回ってきた家の人達は俺の力に気付くと、怯えた目で俺を見て、そして…追い出した。
 あの家は俺にとって本当の家みたいな感じで。皆どこかしら普通じゃ無いような所を持っていたけど、傍から見たら歪な形だろうけど、それでも俺にとってあの場所は特別だったんだと実感する。
 皆、どうしているだろうか?突然出て行ってしまったけれど、輝はちゃんと毎朝自力で起きられているだろうか?弘樹はちゃんとしたものを食べているだろうか?奨はまた無茶をしているんじゃないだろうか?…こんなに心配になるなら、逃げなきゃよかったのに。
 俺はどこかもわからない集合住宅地の公園の中心にある少し錆付いたブランコに腰掛けると俯いた。キィ…と甲高い声を上げてブランコが鳴く。近くの街頭が突然明かりを灯すと、夕暮れから夕闇へと街の色が変化する。
 今すぐ帰ったら、皆笑って出迎えてくれるだろうか?又、いつものように毎日を過ごせるだろうか?
 考えるばかりで一向に動き出さない俺の頭の中には、もし〜なら、なんて意味の無い言葉が増殖している。言葉だけじゃダメなんだ。動き出さなきゃ何も変わらない。そうやって自分を叱咤するけど、俺は立ち上がる事はできなかった。
「…探しましたよ。」
 聞き覚えのある声に反射的に顔を上げる。驚愕の表情を浮かべる俺に声の主は小さく溜息をついて俺を見据えた。いつも通りの、冷淡な視線で。
「…レ、イズ…」
 極度の緊張で声が掠れる。俺は呆然と立ち上がることも出来ずにレイズを見つめた。
「漸く消息が掴めたと思ったらまた逃亡…落ち着きのない所は相変わらずのようですね。」
「関係ない。」
 嫌味を交えたその言葉に短く切り返すと俺は立ち上がって身を翻す。レイズがここに来たという事は俺を組織に連れて帰る気なんだろう。
 俺は組織に帰りたくない。…帰りたいのはあの場所だけだ。いつも通りのあの生活に帰りたいんだ。
「待ちなさい。」
 凛とした声が俺の背中に突き刺さる。怒鳴った訳でもないのにその声は痛く俺の中に響いて、意思とは関係なく体が反射的に止まった。
「これ以上、貴方を野放しにしておく訳にはいきません。」
 足音が背後から徐々に近づく。一歩、また一歩と狭められるその距離が俺にとってはある種の拷問のように思えて仕方が無い。
 レイズの手が肩に触れると俺は反射的に逃げていた。触れられた肩を抑えて相手を睨む。そんな俺にレイズは小さく溜息をついて身なりを正すように季節感の無い白のコートを手で払った。
「俺は、あんたの所には帰らない。」
 俺の言葉にレイズは余裕の表情を浮かべて前髪をかき上げる。潔癖そうに手に嵌められた白の手袋が薄暗い闇の中で妙に目に付いた。
「なら、何処に行くつもりですか?…あの家には帰れませんよ。貴方の事はすべて奨に話しましたから。」
 一瞬、レイズが何を言っているのか理解できなかった。漸く言葉を理解した瞬間、一気に頭がカッとなる。
「…奨に話したのか?全部!?」
 立ち上がって睨みつけるとレイズはぎこちなく肩をすくめて俺を見た。その目は凛とした冷たい光を湛えている。…レイズが嘘をつくような奴じゃ無いという事は知っている。それでも問いかけずにはいられなかった。
「えぇ、話しましたよ?」
 肯定するレイズに俺は愕然としていた。…せめて自分から皆に伝えたかった。自分の口で、自分の言葉で伝えたかった。
 …言うのが怖くて逃げた俺が、そんな風に考えるなんてオカシイのにな。
「さぁ帰りましょう。」
 レイズが俺に手を差し出す。その手を軽く払いのけて俺はかぶりを振った。
「俺は帰らない。」
 逃げた奴が偉そうに言えるような事じゃ無いけど、このまま皆と離れ離れになるのが嫌だった。向こうに行けば、自分の意思でこっちに来る事なんてきっと不可能になってしまう。
「帰らなければいけません。今の貴方は社会にとって有害です。私達組織が保護しないと…いつか取り返しのつかない事になるかもしれません。」
 レイズの言葉に俺は暫く呆然とした。誰がどう有害なのか頭の中で何度も咀嚼して反芻して、そして出た答え。
 俺が、有害なんだ。
 今まで俺は普通の日常をしていたからそんな事直接言うような奴なんていなかったから、俺を否定するその言葉に、俺は…
「そんな事ない…っ!」
 ボッと音が立つのと同時に、レイズの服の裾に火がついた。突然出てきた小さな火にレイズは驚きもせずにそれをもみ消すが、むしろそれに驚いたのは俺の方だった。無意識とはいえ叫んだ程度で発火させるなんて…。しかも、人に対して。
「これ位の制御も出来ないんですね。…いつか、貴方はふとした瞬間に人を殺してしまうかもしれない。」
 冷静なレイズの呟き。俺はその言葉を否定できずにただただ呆然としていた。…俺が人を殺すなんてある訳が無い。頭の中で全否定する反面、確かにその可能性は拭いきれないとそう呟く俺がいた。
「どうして組織を抜け出したんですか?こんな不完全な状態ではいつか誰かを傷つけるかも知れない事くらいわかっていたでしょうに。…それとも、逃げたい何かがあったのですか?」
 子供を宥めるような声で問いかけられ、俺は小さく口を開いたが暫く逡巡した。果たしてこれを言ってレイズはどう思うだろうか?そんな考えが俺の脳裏を一瞬過ぎったからだ。
 そんな俺の頭の中を知ってか知らずかレイズはそれ以上は促す事無く俺が言葉を発するのを待っていた。
「…七歳の頃、」
 漸く言葉を出すと、僅かに声が掠れていて小さく苦笑した。どこかで緊張している自分がいる。過去を掘り起こして、見たくない部分をさらけ出すから?どうしてかは自分でもよくわからなかった。
「七歳の頃、治癒能力(ヒーリング)の実験をされた。最初は小さい傷をつけられて、回数を重ねるうちに段々大きな傷になって、指を切り落とされた。」
 両手を見つめながらそう言うとレイズが息を飲むような音が聞こえた。俺の指は何本か少しだけ捩れている指がある。それはその実験の時にうまく蘇生できなかったからだ。
「あと、発火能力(パイロキネシス)の実験で人を焼き殺せと言われた。…怖くてできなかったけど。
移動能力(テレポテーション)の実験の時はまだあまり力がうまく使えなくて、研究者が命に関わる状態ならできるかもしれないって言い出して、ガス部屋に閉じ込められて『死にたくないなら逃げろ』と言われた。その時初めて移動能力(テレポテーション)ができるようになった。」
 淡々と、淡々と、そう言わなきゃ自分がどうにかなりそうだった。先程感じた緊張は、緊張じゃなくて恐怖だったんだと今更理解する。
「八歳になって、能力を活かす為に戦線に入れられた。その時も平行して実験は続いてたし、扱いもあんまり変わってなかったかな。」
 そう言ってレイズを見つめると、レイズは無機質な表情のまま俺を見つめていた。互いに視線がぶつかる。真摯な視線に耐え切れずに俺は視線を下に下げる。
「それからすぐにあんたが俺達の保護者になった。それからは実験も戦線に入る事もなかったし。ただ、組織の奴らは相変わらず俺を奇異の目…って言うのか、化け物を見るような目で俺を見るんだ。あんたに保護されてもその目だけは変わらなかった。ちょっとの好奇心と、沢山の恐怖が混じった目で俺を見るんだ。」
 その目が一番嫌だった。色んな研究や実験は痛くて辛くて何度も泣いたけれど、その目が一番辛かった。俺が人間じゃ無いんだと暗に言われているようなそんな気がしてならなかったから。
「だから逃げたんだ。その視線から。…そして多分、俺自身からも。」
 あの視線が嫌だった。一番嫌いなその視線を受ける自分が嫌だった。特異な能力を持つ自分が大嫌いだった。
 だから自分を捨てて、俺が能力を持っている事を誰も知らない場所に住もうと決意したんだ。…でも結果はいつも同じで、ひょんな事から俺の能力がばれて、そして追い出される。
「逃げてばっかりだな。俺。」
 あの視線から逃げて、組織から逃げて、俺から逃げて、皆から逃げて。逃げてばっかりで、何にも変わってないのかもしれない。頭だけが動いて、行動がなってない。いつもいつもその場で足踏みだけ。
「よく考えて行動しなさい。」
 まるで俺の心の中を読んだんじゃないかと思うようなレイズの言葉にはっとして視線を上げてレイズを見つめた。
「自分が何を必要とし、それを得る為に何をしたらいいのか考えなさい。そしてそれを口に出して、自ら動きなさい。言葉にしなければ何も伝えることはできませんし、動かなければ何も変わりません。逃げるだけでは何も得られませんよ。」
 考えるだけなら、ちっぽけな脳味噌が溶けるほど考えた。いつもその場から動かなかった俺は、どうすればここから前に進める?
「…俺は、」
 口に出せば変われるだろうか?
 俺は化け物なんかじゃない。俺は俺なんだ。ただそれだけなのにそれを認めてもらえなくて。俺が欲しいものは簡単な事。簡単で、そしていつも手に入らなかったもの。
 でも漸く手に入ったんだ。化け物でもなく、組織の一員としてでもなく、俺が俺として在れる場所。
「俺には、居場所がある。帰りたい場所がある。…俺はそこで生きたいんだ。人として、俺自身として。」
「…そうですか。」
 自分ですら思い出したくないような過去の全部をさらけ出して、自分ですら見限った自分自身を全部吐き出して、それでもまだ皆が俺を受け止めてくれるのならば、 いつも通りに他愛の無い事で笑いあって、いつもの様に暮らしたい。
 それが望み。それを得る為に、逃げるのをやめる。
 …やめられるだろうか?またいざとなったら足が竦んでしまうんじゃないだろうか?
「稔彦!」
 聞き覚えのある声。幾分か低くなってしまったけれど、声の響き方は何一つ変わってない。慌てて振り返ると、そこには随分と身長の伸びた将彦の姿があった。公園のベンチに腰掛けてこっちを見ながらニヤニヤ笑っている。
「将彦?お前…いつから居た!?」
 戸惑う俺を見て更に笑みを深くしながら将彦はベンチから腰を上げてこちらへ向かってくる。
「途中の『俺は、あんたの所には帰らない。』辺りから。」
「盗み聞きとは感心しませんね。」
 レイズが叱るように語尾を強めてそう言うが将彦はさして気にしていない様子で俺の隣に立ってむすっとした表情でレイズを睨む。
「感心しないのはあんたのその捻じ曲がった根性だよ。『有害』だの『保護』だの、よくもまぁそんなに次々と人の神経逆撫ぜる様な言葉が出るもんだよな。」
 将彦の言葉にレイズの眉がピクッと動くがそれ以外は冷静で全く表情が崩れていない。
「そういう時はな、正直に『寂しいから帰ってきてください』って言えばいいんだよ!どうしてそんな単純な事がわからないんだ?」
 寂しい?……誰が?
 話しの流れ的にはレイズが寂しがってるって風に解釈するけど、レイズは寂しがるようなキャラじゃ無いし、むしろ寂しがるのは将彦の方だろ。小さい頃から俺の後ろをついて回ってたんだから。
「誰が寂しがってたんですか?」
 予想通りレイズは無表情で将彦を見る。だけどその視線が妙にいつもより強くて突き刺さる様な鋭利さを持ってる気がしてならないのは気のせいだろうか?
「そんな事言うから稔彦に誤解されるんだよ。稔彦が逃げるまで気付かなかった、追い詰めてしまってたんだ、稔彦が逃げたのは自分のせいだって毎晩のように俺に愚痴ってきたよな〜〜?」
「…それ以上言ったら撃ちますよ?」
 ポケットに手を差し込んでレイズが将彦を一睨みする。その目がかなりキレているのに気付いた将彦が口を噤んだ。それが肯定を示しているという事は俺は勿論レイズも気付いている。
 妙な沈黙が流れた。
「本当、なのかよ。」
「……悪いですか?」
 レイズがぶっきら棒にそう言う。ただそれだけの事で何かが通じた気がした。何かどこかが満たされたようなそんな気がして顔が緩む。
「別に。レイズらしくて良いんじゃん?」
 そう言うとレイズはばつが悪そうに視線を逸らした。
「さて、二人の誤解も解けた所だし。」
 何故だか話を先へ進めようとする将彦。誤解も何も無いだろうとレイズが小さく突っ込むが聞いていないのか気付いていないのか言葉を続けた。
「帰ろうぜ。一緒に。」
 将彦が俺の腕を掴んでぐいぐいと引っ張る。幼さの残る行動に俺は嬉しくて微笑むも、組織に帰る訳にはいかない。
 進むに進めず戸惑っていた、その時。
「ちょっと待ってくれないかな?」
 奨の声が公園に響いた。一体何処から?そう思って探そうとするとレイズが小さく溜息をついて近くの茂みに向かって声をかけた。
「出てきたらどうです?貴方らしくもない。」
 言い終わると同時に茂みががさがさと揺れて、ばつが悪そうな表情を浮かべながら奨が現れた。
 余りに突然の事で頭が働かない。
「すすむ…」
 随分久しぶりのような、昨日会ったばかりのような、変な感覚が俺を襲った。
「稔彦を連れて行かれては困るな。」
 少々葉っぱのついた服を払いながら奨がレイズを見据える。レイズは眉根を寄せて奨を見つめた。
「私達が稔彦を保護する事、了解くださったのでは?」
 奨が俺の腕を掴んで引き寄せる。背後からゆるく抱きしめられると仄かに香水の香りがした。その匂いで、温かさで、本当に奨がここにいるんだと実感する。
 そっと奨が離れて腕から開放される。奨は真っ直ぐにレイズを見据えたまま首を横に振って俺の方を見た。
「大体の事はレイズから聞いたよ。稔彦が不思議な力を持ってることも、そのせいで苦しんできた事も。」
 改めて奨からそう言われると思わず体が強張った。そんな俺を見ると奨は柔らかく笑って微笑みかける。
「それを知った今でも、稔彦に一緒に暮らして欲しいと思う。…皆の気持ちもきっとそうだよ。」
「…本当?」
 その言葉が嘘みたいで、思わずそう問いかけてしまう。奨は微笑みながら頷いて本当だよ、と優しく声をかけてくれた。
「さぁ帰ろう。」
 差し伸べられた手。奨は俺にこのままでいても良いと言ってくれる。…でも、それって甘えなんじゃないだろうか?
 今、奨の手を取ってしまえば俺はきっと変われない。組織や皆から逃げ出した俺のまんま、またその場でとどまってしまう。今までと同じように怖くなったら逃げて、後悔して、また逃げて…?
 それって、奨に対しても、皆に対しても失礼じゃ無いだろうか?俺は何一つ自分から動こうとしないで、甘えてばっかで……。
 手を取らない俺の顔を少し不思議そうに奨が見つめる。
「人として生きるにはその力は余りにも大きすぎます。貴方が本当にこの人達と一緒に暮らしたいのなら、その力を制御する術を覚えなければなりません。それに対して、私達組織は自分の力をうまく制御できない状態の貴方を保護し、力を制御する方法を学ばせるのが目的です。」
 一息にそう言うと一拍置いてからレイズがほんの僅かに目元を緩めて微笑した。
「…お互いに求める物は同じだと思いませんか?」
「つまり、俺が本気で皆と一緒にいるのを願うなら一度組織に戻れって事か…。」
 それなら答えは簡単だった。今まで頑なに組織に行くのを拒んでいたのにすとんと腑に落ちていく。
 でも…俺は再び皆と一緒に暮らせるんだろうか?力を制御できたとしても、結局そういう力を持っているのには代わりがない。不安になって奨に視線を向けると、奨は俺の頭をぽんぽんと撫ぜた。
「稔彦のやりたいようにすればいいんだよ。」
 どうやら俺が組織に帰るか否か悩んでいると勘違いしたらしく、優しくそう言ってくる。
「それはもう決まったんだ。…そうじゃなくて…。」
 言いよどむ俺に奨が小さく首を傾げて俺を見る。奨は俺がそういう力を持っているって知っている。俺の全部を知っている奨は、俺が帰ってくる事を許してくれるだろうか?
 暫くの沈黙の後俺は口を開いた。
「…俺、また皆の所に帰ってきても良いか?」
 不安で不安でしょうがない。でも、言わなきゃ何も伝わらないんだって、それを理解したから。だから不安に押し潰されそうになりながらも言葉を紡ぐ。
 俺の問いに奨は驚きの表情を浮かべていたが、すぐに柔らかな笑顔になって大きく頷いた。
「当たり前だよ。私達はちゃんと待ってるから。…だから、行っておいで。」
 あまりに嬉しくて、言葉が出ない。ただただ勢い良く首を縦に振って言葉にならないそれを伝えようとした。
「行ってきます。」
 詰まったような声になってしまったけれど、奨には伝わったんだろう。それでいいんだよ、と頭を強く撫ぜてそう言ってくれた。
「俺が力を制御できるようになれば、組織から離れても良いんだよな?」
「勿論です。貴方の行きたい所に行って下さい。」
 レイズはそう言うと重圧的ににっこりと微笑みかけてそのまま視線を将彦に向ける。
「ところで将彦。どうして奨を連れてきたんですか?」
 冷たく言葉をかけると将彦がビクリと体を硬直させてから慌てて俺達の後ろに逃げてきた。
「お、俺、連れてきてないし…。」
 明らかに嘘だとわかるようなどもり方に苦笑を浮かべると、俺は首をめぐらせて後ろにしがみついてる将彦を見た。
「嘘はよくないよ。」
 将彦の頭をぐしゃぐしゃと撫ぜて奨が話しかける。将彦はうぅと小さく唸りながらも小さく頷いた。
「会わせたかったんだよ。…もしこのまま稔彦を組織に連れて行ったら、喧嘩別れみたいだし…」
 必死にそう言って俺の背中にしがみつく将彦の首根っこを掴むとレイズは深く溜息をついた。
「勝手な事をしないでください。これで稔彦が意地でも日本に残ると言ったらどうするつもりだったのですか?」
「…でもさ、稔彦は奨さんと話してこっちに来るの決意したみたいだし、むしろ俺のお手柄って感じじゃん?」
 言葉の後半は殆ど威張ったようなニュアンスが含まれている。何を言っても無駄だと思ったのか諦めたのか、レイズはそれ以上その件について深く何かを言う事は無かった。
「それでは行きましょうか。」
「待ってくれ。俺…輝と弘樹とも話したいんだけど。」
 俺の言葉を聞いていないのか、レイズが公園から出ようと歩き始める。将彦がその後を小走りに追って引き止めた。
「ちょ、ちょっと待てって!輝さんと弘樹さんにも会わせてあげなよ!」
 うざったそうにその手を払いのけるとレイズが将彦を睨みつけてから大げさに溜息ついた。
「飛行機のチケットなど、こちらも用意がありますからね。明日の正午に迎えに行きます。それまで好きにしてください。…つもる話しもあるでしょうし。」
 ひん曲がったその言葉に俺は思わず吹き出す。それと殆ど同時に将彦も声を上げて笑い出した。奨はと言うとそんなレイズを温かな目で見つめていた。
「行きますよ。」
 いつまでも腹を抱えて笑い続ける将彦の肩を掴んでレイズが歩き出す。そんな二人を見ていると、ポンと肩に手を置かれた。
「私達も帰ろうか。輝も弘樹も待ってるだろうしね。」
「……うん。」
 二人で歩き始める。
 家に帰ったらみんなの晩御飯を作って、風呂を炊いて、それから俺の事について話そう。
 いつもいつもその場で足踏みをしていた俺だけど、一歩だけ、進めるよな?俺の恐怖や弱さが作ったこのボーダーラインを踏み出して、皆の元へ。

 今なら、動き出せる気がするんだ。









(c)Kyouzaki