5.稔彦SIDE
皆に俺のすべてを話した。
どうして組織に居たのかとか、俺がどんな力を持ってるのかとか、自分の知ってる全てを皆に話した。
皆は静かに俺の話を聞いてくれて、俺の全部を受け入れてくれた。そして、こんな俺でも帰ってきても良いと言ってくれた。
…だから、俺は頑張れる。
深刻な話から下らない話まで、暫く会えなくなってしまうのだと思うと話しは全く尽きなくて。結局俺達は正午にレイズと将彦が迎えに来るまでずっと話していた。
正午、迎えに着たレイズのチャイムで会話が止まる。昨日の内に纏めておいた荷物を持つと名残惜しそうに皆と一言ずつ挨拶を交わして、玄関へと向かう。皆は寂しそうに外まで見送りに出てくれた。
「…いってきます。」
震える声を必死に抑えて振り絞った無闇に明るい声。皆はそれに気付かないフリをして笑顔で見送ってくれた。
レイズの車に乗り込んで、ドアを閉める。皆の方を見る事は出来なかった。
「手、振らなくていいのかよ?皆手ぇ振ってるぜ?」
将彦の言葉に俺は勢い良くかぶりを振る。
「いいんだよ。すぐに戻るんだからさ。…皆大げさ過ぎるんだよ。」
…いつ帰れるかなんてわからない。俺が俺の力を制御できるようになるまでどれ位の時間が掛かるかなんて想像もつかない。人智を超えた力を俺が抑えられるかどうかだってわからないんだから。
こんな状況でもし皆の顔を見てしまったら、すぐに車を降りて皆の元へ帰ってしまいそうだった。
車がゆっくりと動き出す。その途端に涙が込み上げてきたのをぐっと堪えて下唇を噛み締める。泣いたら止まらなくなりそうだ。
『稔彦。』
声をかけられる。上を向いたら俺が泣いてるってバレるから、絶対に顔は上げられなかった。
『稔彦。』
それなのに声は俺の名前を呼ぶ。…だから、顔上げたくないんだっつの。
『稔彦、着きましたよ。』
着く?一体何処に着くって言うんだ?あぁ、空港に着いたのか…?
「いい加減に起きてください。」
ごすっと音がして少し頭が痛くなる。起きるってどういう事だよ?そう問いかけようとして俺は目を開けた。
「まったく…もう着陸しましたよ?早く降りる準備をしてください。」
呆れ顔のレイズに急かされて俺はあたりを見回す。飛行機の機内は降りる準備を始めた人達のざわめきに包まれていて、窓の外には滑走路と他の飛行機が見えた。
「あはは、涎垂れてるぜ!」
まだぼんやりとしている俺の顔を指差して将彦が笑う。とりあえず拳を一発ぶち込んでその煩い口を黙らせると、俺は僅かに濡れた感じのする口の辺りを拭ってから簡易テーブルに広げていた手荷物を鞄に詰め込み始めた。
あぁそっか。俺、飛行機に乗ってたんだ。皆が俺を見送ってくれたその記憶を夢の中でまでリピートするなんて、相当キてる。
「将彦、大丈夫ですか?」
「くりてぃかるひっと〜……なんつって。」
鳩尾に拳を入れられてそんな軽口が叩けるんだから、将彦は案外タフなんだな。そう思ってちらと視線を向けると額には大量の脂汗が滲んでいた。予想以上に効いていたらしい。
レイズが心配するだけあってかなり痛そうだ。…まぁ、人を指差して笑ったりするから罰が当たったんだろう。天誅だ天誅。
鞄に荷物を詰め込み終わると丁度客室乗務員がドアを開けた。それと同時に一斉に乗客が動き出す。俺達もその流れに乗って飛行機から降りた。
飛行機から降りて空港に入ると俺は小さく息を吐いた。軽い緊張がするのは何でだろう?久しぶりにこの地に降り立ったからだろうか?
「緊張してるのかよ?リラックスリラックス!」
将彦が俺の隣に立って肩をバンバンと叩く。その力が強すぎて励まされるどころか痛くて涙が滲んだ。きっとさっきの仕返しのつもりなんだろう。…あとで仕返しも出来ないような目に遭わせてやろうと深く決意した。
「何が不安なんですか?自分で選んだ事でしょう?」
レイズが珍しく気遣うような言葉を口にしたが、その後に続く言葉はやっぱり鋭い言葉。…レイズらしいと言うか何と言うか。
「別に、そんなんじゃない。」
否定するけど、本当は緊張しているし不安だってある。でも口にしたら本当になりそうで俺はそんな事は言わなかった。
ベルトコンベアに乗って流れているだろう自分の荷物を探しているとレイズが自分の荷物と共に俺の荷物を持ってきた。
「はい、どうぞ。」
「ありがと。」
その二言が終わると妙な沈黙が支配する。いつもはその沈黙を破る将彦が自分の荷物を探しに行っているから俺はこの状況を自分の力で乗り越えなければならない訳で。
「…なんで、わざわざ来たんだよ?組織から日本は結構遠かったのに。」
頭にとっさに浮かんだ言葉を言う。その場しのぎになれば良いと思って言ったけれど、よく考えればかなり不躾な事を言ってしまったような気がしてならない。
でもレイズは大して気にも留めてない様子で俺の言葉に暫く悩んだ末に小さく言葉を紡いだ。
「心配だったからですよ。」
「子ども扱いすんなよ。」
レイズが俺を心配してくれてたのはよくわかっていた。だからと言ってそれに甘える程俺も素直じゃ無い。
「私は貴方の保護者ですからね。組織としても貴方のような人材を失くす訳にもいきませんでしたし。」
そしてレイズも俺以上に素直じゃ無い奴だ。恥ずかしそうに視線を逸らしたままそんな事言ったって全然説得力無いのにな。
短い間で俺のレイズ像は一気に変化を遂げた。冷静で冷酷で誰とも関与しないってのがレイズの印象だった。潔癖みたいに誰も受け付けない、孤高の存在。
でもレイズは自分の感情表現が真っ直ぐに出せないだけで、超が付く程の親バカだったんだな。奨以上に。
「お待たせ。…稔彦、何ニヤニヤしてんだ?気持ち悪…」
何となく続く言葉がわかったから最後まで言う前に仕留める。わき腹をえぐるように殴ると将彦は声も出さずにその場に蹲った。
「学習能力が欠けてますね。」
「全くだよな。」
蹲る将彦に二人してそう冷たく声をかけると歩き始める。そんな俺達の後を追う将彦の足音。
「何だか二人って似てきてないか?そーゆー冷たい所とかマジそっくりだよ!」
その言葉にむっとして反射的に声を荒げる。
「「誰が」ですか」
二人で殆ど同時に将彦の方に振り返ると将彦はしてやったりという顔で俺達を見た。
「ほらな。」
得意げな将彦の顔。否定するにも出来ずにお互いに気まずそうに顔を見合わせるしかなかった。
「よっし、行こうぜ〜」
複雑な表情をしている俺達を気にせずに、大量の荷物を持った将彦が元気に拳を上に振り上げて歩き始める。個々に自分の荷物を運びながらやけに元気な将彦の後をついていった。
「…無駄な荷物が多くないか?」
やけに量の多い荷物を見ながら呟くとレイズも小さく頷いた。
「一応、出かける前に注意はしておいたんですけどね…。将彦は殆ど旅行気分ですから。」
将彦はあんなに大量の荷物を持っているにも拘らず、俺達より一足早く空港から出るとタクシー乗り場に向かった。俺達も将彦の後を追うように進んでいく。
「ほら、早くしろよ!タクシー来てるぞ。」
急かされて俺達は少々駆け足になる。次に待っている客の迷惑にならないように素早く荷物をトランクに放り込んで乗り込んだ。
先に後部座席に座っていた将彦を軽くレイズが睨むけれど、その視線に気づかずに将彦は窓の外を見ている。
「何だか、この景色も久しぶりだよなぁ…」
しみじみと呟きながら俺に視線を向けてニヤリと含みを持った笑みを浮かべた。
「稔彦はこの景色を見てどんな気持ちなんだ?」
「ど、どんなって…」
突然の問いに戸惑いを隠せない俺に将彦が楽しそうにケラケラと笑いながら言葉を紡ぐ。
「頭の全部、皆の事でいっぱいなんだな。」
「悪いかよ。」
図星をさされてそっぽを向くと、将彦がついさっきまで続いていたバカ笑いを止めた。
「なぁ、稔彦にとってあの家の皆ってどんな存在だったんだ?」
改めて言われると、一瞬わからなくなる。どんな存在か、だなんて考えなくても一緒に居れば感じる事が出来たから。
「…変な奴らの集まりで、きっと他の人から見たら歪な関係だったんだと思う。でも俺にとっては凄い心地のいい居場所だった。家族とか、そんな表現じゃなくて…もっと深くて強い何かで繋がってるような、そんな気がしてる。」
そんな曖昧なイメージの中ではっきりと言えるのは、皆が俺にとって特別な存在だって事で。
皆が居る所が俺が俺として存在できる場所なんだって、ただそれだけの事。
「…そろそろ着きますよ。」
何気ないレイズの言葉に俺は僅かに息を飲んだ。妙な緊張感が俺を襲ってきて、知らず知らずの内に脈拍が速くなる。
「緊張してるのかよ?」
本日二回目の将彦の問い掛けと同時にタクシーが止まった。
緊張していないといったら嘘になる。だから俺はあえてその言葉を聞かなかったフリをしてタクシーから降りた。
レイズが会計を済ましている間にトランクから全員分の荷物を取り出す。久しぶりに見る風景は何となく新鮮なような、それでいてどこか懐かしいような印象を受けた。
「荷物は出し終わりましたね?」
タクシーから降りてレイズが問いかける。頷いてからトランクを閉めるとレイズもドアを閉めた。
「心ここに在らず、といった感じですね…。」
タクシーが走り去るのをぼんやりと見送る俺を見てレイズが呟く。
「仕方ないって。稔彦の心は皆の元にあるんだからさ。」
冗談と少量の寂しさが交ざった言葉を発してから将彦が俺の目の前に荷物を置く。目で促されてその鞄を持つと、俺は視線を建物へと向けた。
今まで意識して目に入れていなかったそれを見て、再び緊張と思わしきものが俺の胸を占拠する。
「ほら、」
まるで躊躇するようにその場に立ち尽くす俺の背を、将彦が軽く押した。そのせいでバランスが崩れて一歩踏み出す。そして、もう一歩…。今度は、自分の意思で。
一歩ずつ、まるで初めて歩いた子供みたいに歩を進めていく。そして、俺はそのドアの前に立った。
「早くしたらどうですか?」
ドアを開けるに至らない俺に、痺れを切らしたようにレイズが促す。俺は緊張を振り切るように大きく深呼吸をすると、人差し指でチャイムを鳴らした。
ドタドタとけたたましい足音が家の中から聞こえてきて、数秒後には勢い良くその扉が開かれた。
「稔彦!!」
はじかれたゴムのように勢い良く輝が飛びついてくる。その勢いに押されながらも何とか受け止めて、その頭を優しく撫ぜた。
…四年前と何一つ変わってない輝の行動に、俺は柄にも無く泣きそうになってしまう。
「お帰りなさい、稔彦〜〜〜っ!!」
きつく抱きしめられて苦しいけど、四年ぶりの再会の前ではそんなの苦にもならない。
視線を輝から家の中に向けると、弘樹と奨が二人並んで玄関に立っていた。
「良く帰ってきたな。」
「お帰り。暫く見ない内に大きくなったね。」
俺の頭を弘樹がくしゃくしゃと撫ぜて、俺を包み込む様に奨が抱き締めてくる。
「っ…みんな…」
今にも泣きそうになるのを懸命に抑えながら皆の顔を見つめる。少し年を取ってしまったけれど、俺が出発した時と何も変わらないあの優しい笑顔だった。
鼻がつんとして目頭が熱くなってくる。服の袖であふれ出てくるそれを拭うと奨がそっと腕を放して俺の後方を見つめて頭を下げた。その視線の先は、多分レイズだ。
「ありがとうございました。」
「いえ…。私達はこの子を無事に送り届けるのが仕事でしたので。それでは、失礼します。」
その言葉に俺は慌てて振り返る。輝も俺の意思に気づいたのかすぐに離れてくれた。
「レイズ、将彦。」
俺が呼ぶと去ろうとしていたレイズと将彦が振り返った。咄嗟に呼び止めたけど、一体何を言っていいのかわからない。暫くの沈黙の後、少ない脳味噌をフル回転させて唯一出てきた単語を口にした。
「……ありがとな。」
その言葉にレイズも将彦も呆気をとられたような顔をしていたが、すぐに微笑んで俺を見る。先に口を開いたのは将彦の方だった。
「どーいたしまして!俺達は一週間、観光をかねて日本に滞在するし、まださよならって訳じゃ無いからな。それまでにはもう少しマシな言葉考えておけよ?」
余計なお世話だ、だなんて口にしてお互い笑いあう。そんな俺達を見たレイズがほんの一瞬だけ、柔らかな笑みを浮かべた。
「それに私達だって向こうに行くだけで、会おうと思えばいつでも会えますからね。わざわざ感動を求める言葉を用意する必要性も無いでしょう。」
笑みを見られてばつが悪いのか、わずかに視線を逸らしてレイズがそう言う。思わず笑みが浮かんだけれど、視線を逸らしているレイズは気付かないまま言葉を続けた。
「……一年に一度位は顔を出してくださいね。将彦が寂しがるでしょうから。」
その一言に、俺と将彦が声を出して笑い始めた。勿論笑われたレイズは不服そうな表情を浮かべて俺達の顔を交互に見ている。
「っはは!…わかったよ。お盆位には顔出すからさ。」
俺の返事に頷くと、レイズはまだ笑っている将彦のわき腹を軽く小突いてから歩き始めた。
その後姿が角を曲がって消えていく。それを見送ると、俺は改めて皆に向き直った。
沢山の言葉が溢れてこようとして喉でつっかえる。離れていた四年間に起こった事、皆に話したい事は山積みだ。
そんな俺の気持ちがわかったのか、気持ちだけ先走る俺の背を弘樹がぽんぽんと撫ぜる。
「焦らなくとも、時間なら沢山ある。…そうだろう?」
確かにそうだけど、一言だけ言っておきたい言葉がある。その言葉だけが、ぐいぐいと俺の中から競りあがってくるのがわかった。
「そうだけど、これだけは今言いたいんだ。」
はやる気持ちを抑えながらそう言うと、次に出てくる言葉を待ち侘びるように皆が俺を見る。
俺はゆっくりと皆の顔を見てから一番言いたかったその言葉を口にした。
「ただいま。」


(c)Kyouzaki