弘樹SIDE

 目を覚ましてすぐ、私は寝巻きから服に着替えると居間へと降りた。奨は昨日から組織同士の会合に出かけていて明日まで帰ってこない。輝は今日バイトの仕込みだった筈だから、夜遅くまで帰ってこないだろう。
 私は誰もいない家に一人、居間のソファに座ってゼリー状の栄養食を片手にノートパソコンをいじっていた。
 ネット上で情報を集めるが、大体がガセネタだったり別人だったりと、当てになるような情報が一切入ってこない。虚偽の世界に真実を求める事自体間違っている気もするが…。
 例えどんなささやかな情報であろうと、それが殆ど意味を成さない情報だったとしても、一つでも多く手に入れたいのだ。もしかしたら、その中のどれかが本物の情報かもしれない。
「……はぁ。」
 …しかしそんな気すら削がれてしまうような、訳のわからないアダルト広告、あからさまに嫌がらせであろう書き込みの多い事といったら。何故日本がここまで低迷しているのか、その原因を垣間見た気さえする。
 私はインターネット上における不特定多数から情報を集めるという手段を諦める事にした。
 結局、稔彦の情報はゼロのまま、今日も時間が刻々と過ぎていく。
 日も暮れ始めて諦めかけてきた矢先の事、突然パソコン画面が点滅して通信が入った。その相手は奨の捜索をした際に手伝ってもらった裏の世界の住人、ルッツェ。色々な組織と繋がっており、その活動は全世界規模。情報を貰うには一番適切な人物だろう。
「稔彦らしき人物の目撃情報…ゼロ件……か。」
 しかしそんな彼の手に掛かっても稔彦の行方は辿れないらしい。こんなに探しても見つからないとなると…一瞬だけ最悪のケースが私の脳裏を掠めたが気付かないふりをした。
 突然電話が鳴る。家の電話ではなくて私のパソコンの方の電話だ。この回線を使うのはルッツェだろう。…直接電話をするなんて珍しいと思いながら、ヘッドホン型の通話機器をセットすると電話に出る。
「もしもし?」
 通話の言葉は全部アナグラムになっていて、一回の話ごとに配列を変えているから盗聴されても大丈夫だろう。勿論、盗聴されないように最大限の工夫はしているが、念には念をという事だ。
『稔彦って奴の身辺調査したんだけどさ、あいつ凄いぜ。合計4つの組織から追われてやがる。』
 ルッツェの言葉に私は呆然とした。殆ど放心状態だ。
「……どういう、事なんだ?」
 漸く紡ぎだした掠れた声にルッツェが心底楽しそうに笑って言葉を続ける。
『そのまんまだよ。ある組織に入っていたが、2年前に失踪。…どうやら凄腕だったらしいな。実質フリーになった今、自分の組織に入れようと躍起になってる組織が3つ。そして、元々いた組織が行方を捜しているから、合計4つの組織から追われてる逃亡の身だったって訳だ。』
 何かご質問は?と軽い口調で問いかけられるが、それどころではない。私の頭の中は疑問符で一色に染まっている。
 稔彦が元々闇組織の一員だった?そんな事、ある訳がない。
『もしもし?どうした?』
「その情報は、確実なんだろうな?」
 信じられないというよりは、信じたくないと言った方が正しいだろう。そんな私に気付いたのかルッツェがくつくつと喉で笑った。
『疑うなら他の奴を使えばいい。…結果は全部同じだけどな。』
「…何処の組織に所属していたかは、わかるか?」
 冗談を言うような奴では無いとわかっているし、ルッツェの情報に狂いが無い事も理解している。ただ、理解したくなかっただけだ。
 しかし、いつまでも現実を無視する事はできない。現実から目を背けた時点で、稔彦の情報は途絶えてしまうのだから。
『それについては情報が無い。でも、ここまで綺麗に情報を隠せる組織は今の所二つしか知らないから、そのどっちかだろ。』
「どこだ?」
 ルッツェの悪い所は前置きが長い事だな。そう考えながらせかすような言葉をかける。電話越しにルッツェの笑い声が聞こえた。
『そう焦るなって。…一つはAbyss、もう一つはEffaceだ。』
 Abyssは、奨の持っている組織だ。稔彦が奨の組織に元々入っていて、逃げ出した挙句にその組織の長がいる家に住む…だなんて、殆どありえないだろう。奨が稔彦の事に関して知らないふりをしているという可能性もあるが、それだったらもっと早く稔彦は逃亡しているだろうし、それになにより奨が私達に隠し事をするとは思えない。
 つまり、Effaceにいたという可能性が高い、という事になる。
「Effaceについて、できる限り情報をくれ。」
『了解。…Effaceは主に地域紛争を収める事を主な活動としている。特殊部隊で編成されていて、各国の腕利きの奴らが結集した感じだ。経営理論はAbyssと同じで世界平和の為。来るもの拒まず去るもの追わずの志向。』
 最後の一言に私は眉根を寄せた。思わず疑問に思った言葉が口に出る。
「稔彦を追っているのに、か?」
『あぁ。だから答えは二つに一つ。そいつがEffaceじゃなくてAbyssに所属していたか、Effaceにそいつを手放せない理由があるか…。まぁ、どっちかはわからんけどな。』
 つまり、Effaceにとって稔彦は手放せない程貴重な駒だという事か。
「すまないな。引き続き調査を続けてくれ。異常があったら連絡するように。」
『……なぁ。』
 了解、という言葉が返ってくると思っていた私は予想外の言葉に眉根を寄せた。
「…どうした?」
『変だと思わないか?』
 一体何が変だというのか?そう考えているとルッツェが小さく声を潜める。
『情報が多すぎる。』
 あぁ、なるほど。確かに今まで全然発展もせずに時間だけが過ぎていっていた。
それなのに今日になって突然、この膨大な量の情報が入るとは…。
 何らかの意図を感じない方がオカシイという事か。
「それがどうした?」
『きっと、今の俺達の会話もEffaceに聞かれてるぜ?』
「構わない。」
 そんな大きな組織がわざわざ私ごときに牙を向けてくるとは思えない。稔彦の事を何も知らない私は現時点で彼らにとって脅威では無いのだから。
「それ位予想済みだ。それに向こうもこんな雑魚を相手にする暇など無いだろう。ただ、目の前をチョロチョロされると迷惑だから適当に私の食いつきそうな餌をばら撒いただけに過ぎない。」
 彼らは私に情報を教える気など更々無かったに違いない。凄腕のルッツェが関わってきたから、下手に内部を探られる前に自ら相手の欲しがる情報だけを吟味して提供した程度だろう。
 きっと彼らはこれ以上情報をリークしないし、この間に情報の出る抜け道を全部塞いでしまっただろう。
『向こうの手中で踊らされてたって事か。』
「そういう事になる。…まぁいいだろう。こちらは稔彦に関する情報が手に入ればいいだけだ。」
 情報が手に入っただけよしとするべきだろう。
『じゃぁ、オレの出番はここまでなんだな。』
「そうなるな。…世話になったが、報酬は本当にいらないのか?」
 今回の件についての報酬を請求しないと依頼の際に言われたのだが、ルッツェの時間や労力を削ったのだから、それ相応の報酬を支払うべきだと私は思っている。それに、私一人ではこんなに情報を集める事はできなかった。
『あぁ。あんたから金を貰うよりも、今の内に恩を売っといた方が将来得になるだろうからな。』
「狡賢い奴だ。」
『まぁな』
 冗談交じりにそう言うとルッツェが電話越しに楽しそうに笑う。どうやら、彼にとって狡賢いは褒め言葉の一つに入るらしい。
「その借りはきちんと返すように努める。」
『了解。楽しみにしてるぜ?』
「ではな。」
 通信を切ると、まるではかったかのようにチャイムが鳴った。ヘッドホンを外して玄関に向かうと輝が肩で息をしながら立っていた。走って帰って来たのだろうか、頬が少し赤らんでいる。
「ただいま。ねぇ稔彦の情報あった?」
 開口一番その言葉。しかも、問い掛けながらもその目は確信に満ち溢れている。…まるで私が情報を持っていると知っているかのようだ。
「…あぁ。」
「よかった!」
「どうしてわかったんだ?」
 私が問いかけると輝はにやっと笑って居間に向かった。その背中を追っていくと、輝は疲れたようにソファに座り込んだ。私もその隣に座って先程の問いの答えを待つ。
「…あのね、稔彦の弟君に会ったんだ。その子が僕が帰る頃には弘樹が情報を得てるはずだからって…」
 どうしてその子、そんな事がわかったんだろうね。そう輝が呟くが私には疑問に思う事などなかった。つまり、その稔彦の弟はわざと私に情報をリークさせて、その上で輝と接触したという事だ。
 ただ、一番の問題はどうしてそんな事をしたのだろうか?という事だ。情報を与えただけで彼の役目は終わっている。わざわざ輝をけしかける理由など無いはずだ。
「その子、弘樹や奨の事も知ってたみたい。っていうか僕達の事全部知ってそうなニュアンスで話してた。皆と話したかったとかなんとか言ってたよ?」
 こちらの情報が漏れているかもしれないのはまぁ仕方の無い事だろう。この家が奨の所有物であるという時点でかなりのセキュリティーがあるが、相手はAbyssと同じ程の勢力を持つEfface。全力を出せばきっとこちらの情報を手に入れる事だってできただろう。
 まして、普通の生活に見せかけてのセキュリティーには限界があるから仕方が無い。
「一体なんだったのか全然わからなくて…むしろ、からかわれちゃったみたいだった。情報も全然教えてもらえなくて、最後に、弘樹が情報を掴むから。ってそう言ってオシマイだったんだよ。」
 悲しそうに輝が俯いてしまうのを見て、励ますように肩をポンポンと叩いてやる。
「きっと、そいつは言葉通り輝と話したかっただけだろう。情報は私が持ってるしな。」
「そう、なのかな?僕…奨や弘樹と違って全然力ないから…だから、僕なんかには言えないのかなって…ちょっと不安だった。」
 輝なりに悩んでいたのだろう。その声が今にも泣き出しそうに震えていたから、柄にも無く、大げさなスキンシップをしてやる。隣の肩を抱いて頭を撫ぜてやると輝は嬉しそうに笑って顔を上げた。
「えへへ〜〜〜ありがと!」
 満面の笑みを浮かべる輝。まったく…こういう所はまだ子供だな。
「多分、私に情報を渡したのが彼だったんだろうな。だから、二度手間になるような事を避けたのか、それか情報などを抜きにして個人的な話をしたかったか…。まぁ、個人行動が許されているという事は、彼は組織の中でも中々の位置にいるんだろう。」
「…え?組織?え?どういう事!?ねぇ!?ねぇ弘樹ぃ〜〜〜!!!」
 何も説明していなかったものだから、輝が混乱して私の肩を掴んで前後にガクガクと揺さぶる。
「ま、待て…説め…いする……から!!」
 このままではムチ打ちになってしまう。そう思いながら必死に言葉を絞り出すと漸く輝の手が止まった。少々痛めてしまった首を擦りながら、答えを待っている輝に情報を告げようと口を開いた。









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