奨SIDE
どうやら、今日の会合は一味違った仕掛けらしい。
誰もいない会議室で私は小さく溜息をついた。前回の拉致事件といい、最近私は人を見る目がなくなってきてしまっているのでは無いだろうか?そのようなことを考えていると、静かな部屋にノックの音が響き渡った。
「どうぞ。」
ドアが開く。そこには見た事の無い青年が立っていた。今日の会合に参加するメンバーでもないだろう。そう考えながらじっくりと観察するが、青年の物腰や気品、その存在感…。ここにいるにはふさわしくない人間のように思える。
「こんにちは。お初にお目にかかります。…奨殿。」
「…君は、誰だ?」
まるで人形のようにカクカクとした動きでその青年がお辞儀をする。私の名前を知っているとは…。どこかで感じた事のある雰囲気を、記憶の底から引きずり出そうとする。
「Abyssの皆様には大変お世話になったのですが、覚えていませんか?」
「すまないね。…年のせいかもしれない。」
苦笑混じりにそう言うと彼はつられたように小さく苦笑してドアの外に向かって凛とした声を張り上げた。
「開けろ!」
ドアが開かれると、そこいた警備の人達がじっと暗いまなざしで私を見つめる。そんな人達の視線を抜けるようにして青年が先に部屋を出た。
「こちらへどうぞ。」
案内されるがまま建物の中を歩く。内装のしっかりとしたビルの中を歩いていると、何人かの人間とすれ違った。その目は友好的とはいえないが敵対心もない。私は少し安心しながら青年の後を付いていった。
「こちらです。」
エレベーターに乗せられて着いた最上階。一番奥にある部屋に勧められるがままに入ると、彼はその部屋の奥にある立派な椅子に腰掛けた。
「申し送れましたが、私、レイズ=D=ホワイトと申します。」
彼の言葉に私は少しも驚きはしなかった。彼の立ち振る舞いからして、人の上に立つものであると薄々感づいていたからだ。
だが、まさかレイズだったとは…。心の中で小さく感心しながら相手をじっと見つめる。その鋭さは確かに先代レイズと似通った部分がある。
「レイズ…か。二代目なのかな?君の父上には大変お世話になった。感謝してもし尽くせないくらいだ。」
世界で一番権力を持つ国の特別捜査組織、IC(international criminal)。通称Effaceの最高位に存在した先代のレイズは闇を恐れる事の無い勇敢な戦士であると共に、悪を憎む正義感を持ち合わせた人間だった。
彼と私の利害関係はごく稀にだが一致し、彼は私が安らぎの闇を与える事の手伝いをしてくれていた。彼が嫌っているのは万人が生きる上で脅威となる悪であり、私の行っている、公では認められないが正義とも悪とも付かない行為には快く手を貸してくれていた。
「私の正体を理解いただけたようですね。…それでは取引を始めましょう。」
一気にこの場の雰囲気が変わって空気が張り詰める。ピンと張ったピアノ線のように、うかつに触れようものなら傷を負ってしまう程の空気だ。
「貴方の事はすべて調べさせていただきました。…貴方の家に、譲羽稔彦という人が住んでいるそうですね。」
「何故…」
まさか稔彦の名前が出るとは思わずに私は狼狽する。あからさまな動揺に相手は苦笑して私を見つめた。
「駄目ですよ。そんな風に表情を崩しては。」
私だって、それが弱みになるという事を知っているから取引時には常に気を引き締めている。
しかし、自分の家族が関わっているとなれば話は別だ。ポーカーフェイスをしている余裕なんてない。
「彼は私の大切な家族だ。家族が関わっている話が出てポーカーフェイスなんて出来る訳がないだろう?…稔彦をどうするつもりなんだい?」
「私達は、彼を確保しなければなりません。この組織の全力をかけてでも。」
「どういう事だ?あの子は組織に関わるような生活を送っていない。確保なんてもっての外だ。」
私の言葉にレイズは目を丸くした。
「ご存じないのですか?てっきりわかって保護しているのだと思っていたのですが…」
「稔彦の事は、家に住む前に調べ上げた。私と一緒に生活する人が万が一私に悪意を持っている者だった場合の事を考えて行ったけれど、結果はごく普通の生活をする普通の青年だったよ。生まれも育ちも日本で、家族は父と母と稔彦と弟の四人家族。組織に関わるような事は一切行っていない。」
一息にそう言うとレイズは目を丸くしたまま身動きを止め、暫くしてから漸くいつも通りの表情になった。
「それは彼を他の組織に奪われない為の偽の情報です。まさか貴方を出し抜けるとは思ってもいませんでした。…それでは貴方は何も知らないのですね?」
満足そうに青年は笑うと、念を押すように私に問いかけてきた。じろりと、人の質を見極めようとする表情だ。
「…そうだ。」
「ならば彼の事について私からお話いたしましょう。」
小さく息を吸うような音が聞こえた。緊張した私のものかと思っていたが、そうでもないらしく、レイズの瞳が緊張に揺れていた。それほどまでに稔彦の情報が重要機密なのだろう。
私は心してその話を聞く事にした。それ程までにこの組織で重要視されているという事は、ただ単にこの組織にいたという訳ではなさそうだ。
「…彼はこの組織で主に情報戦用の部隊に配属されていました。主に戦う時、敵の人数、構成、配置、所持している武器、建物のつくりなど、詳細な情報を扱う人材として多く活躍し、良い成績を収めていました。」
稔彦が、そんな事を?
全否定できたらどんなに素晴らしいだろう?しかし、レイズの目は嘘を語っているとは思えなかった。…嘘をついている目はこんな色を持たない。
どうして稔彦はそんな事をしなくてはならなかったんだろうか?そもそも、どうしてこんな組織に入らなくてはいけなかった?
問い詰めるように見つめてしまっていたのだろう。レイズは視線が合った途端に小さく頷いた。
「詳しく語れと、言いたいんでしょうね。」
微笑みながらそう呟くとレイズは机の引き出しを開けて青いファイルを取り出すと立ち上がった。
「語るのは好きじゃないんです…真実味を帯びない。まして、貴方にこれから伝えようとする言葉なら尚更に。」
そのファイルを私の目の前に差し出して、レイズは小さく溜息をついた。
「これから貴方が手にする情報は、余りにも重過ぎます。知ったら戻れないでしょう。…それでも良いと言うのでしたら、どうぞ。」
その言葉を聞きながら青いファイルを受け取ると、私の指が小さく震えているのに気付いた。このファイルの中に隠された真実は予想以上に重い内容なのだと、直感的に気付いてしまっているのかもしれない。
「わかったよ。ありがとう」
微笑みかけると、レイズは再び椅子に腰掛けた。
そっと、ファイルを開いてページをめくる。そこに羅列した文章に、私は一瞬驚きの表情を浮かべたがすぐにその続きを読み進めた。どんな事があろうとも、今私に与えられた情報をきちんと理解しなくてはという、その意思だけで。
「……いかがですか?」
最後のページをめくり終わると、レイズが問いかけてきた。小さく掠れた声であったけれど、きっと今の私が声を出したら更に酷い声だろう。緊張のせいで口の中がからからに乾いてしまっている。しかし、そんな事ありはしないと、そう口にしないと何かが壊れてしまいそうな気がしてならなかった。
「…そんな事ある訳が無い。」
移動能力(テレポテーション)、発火能力(パイロキネシス)、治癒能力(ヒーリング)…人知を超えた力、オ・カルト。そんな部類に属するものがこのファイルに書き連ねられていたのだ。科学的に証明されたその力の影響力は目を見張るものがあった。ある意味、新たなる兵器と言っても過言では無いだろう。
ファイルから視線を上げてレイズの顔を呆然として見つめていると、レイズは肩をすくめて見せる。
「この話が真実かどうかを信じるのは貴方次第ですが、彼をこのまま野放しにしておくのは危険です。彼は自分の力を理解していません。彼が本気を出せばこの辺一体を焼け野原にする事なんて簡単ですからね。」
確かにこの資料の通りならば、稔彦はレイズの組織に返さなくてはならない。それが稔彦の為だと、それだけは痛い程よくわかった。
「わかったよ。私なりに最良の方法を探そうと思う。…手伝ってくれるだろうか?」
「勿論です。」
もしレイズの話が本当であった場合の最良の方法は、稔彦をレイズの組織に送る事。相手もそれをわかっているのかすぐに返答を返した。むこうとしても稔彦を組織に戻すのが目的らしいから、今の状況では私とレイズの利害関係は一致する。
「とにかく一回帰らせてもらうよ。まだ頭が混乱しているんだ。」
こんな事が現実で起こり得るのかどうか私には理解できないけれど、もしそうであるとしたら、私達は稔彦の何を受け入れていたのだろう?
この家族が稔彦を絆に繋がっているのは皆が薄々感じている事だろう。口調は少々悪くとも皆を思いやって動く事の出来る優しい青年だ。その存在にどれだけ救われた事か…。
「では、タクシーを出しましょう。自宅までで構いませんよね?」
自宅の住所はもうレイズに知られているから私は臆する事無く頷いた。それにレイズは私と取引をしようとする事はあっても無闇にそれを悪用する事は無いだろう。
「すまないね。」
「いえ、これ位は当然の事です。」
そう言って私を一階の正面玄関まで案内してくれた。
「どうか今日の約束をお忘れなき様に…」
仰々しくお辞儀をするレイズの姿をバックミラー越しに見つめながら私は一体これからどうしたら良いのかと頭をめぐらせた。
もし稔彦が何らかの理由でその力を暴走させて多大な被害を出した場合、誰よりも苦しむのは稔彦自身なのだ。そうなる前に稔彦を施設に戻すのが最善の策なのだろう。
しかし理論や道理の前に一個人としての私の、大切な家族を手放したくないという思いが何よりも強くにじみ出てしまう。他の人間への被害なんてどうでもいい。
「…さん、お客さん。」
呼びかけられてハッとすると、運転手が困ったように笑いながらこっちを見ていた。慌てて窓の外を見ると家の前についている。どうやら考え事をしているうちに家についてしまったらしい。
「いくらですか?」
「お代なら出発前に頂きましたよ。毎度ありがとうございます。」
嫌味も何もない運転手の爽やかな笑顔に毒気を抜かれながら私は財布を鞄にしまいこんで車から降りた。
タクシーから降りると家の前に知らない青年がいる事に気づいた。先程レイズに見せて貰った書類の中に彼の顔が乗っていた。…記憶が正しければ、彼は稔彦の弟君だろう。
だが、一体彼は何の為にここにいるのだろう?レイズが私に情報を与えた今、彼がここに来なければいけない意味は存在しないはずだ。
彼を観察していると彼はその視線に気付いたらしく私を見て企んだ様に笑った。


(c)Kyouzaki