「そうでした、忘れてました〜。パーティーのお料理は帽子屋さんがやるとして、僕らは一体何をしたら良いんですか?やっぱりプレゼントの準備ですかぁ?」
「プレゼントか。チェスマスターが好きそうな物は余り詳しくないな。」
眉間に皺を寄せて考える社長。それを皮切りに皆が一斉に黙って考え込んだ。
チェスマスターといえばいつもゲームセンターに入り浸っている事しか思いつかない。ならばゲーム系のものを買えばいいのだろうが家庭用ゲーム機は全種類制覇しているらしいし、ゲームソフトも店が開けるくらいはあるだろう。
「難しいですね。」
相手が喜ぶようなものと言われても、自分の頭に浮かぶのは自分の好きな物ばかりだ。使い心地の良かった万年筆とか絶品のケーキとか、俺が貰ったら嬉しいものだけれどチェスマスターからすれば興味をくすぐるようなものでは無いし、貰って喜べるようなものでもないだろう。
でもそれ以外に頭には浮かばないし、何より自分が気に入っているものをあげた時に喜ばれるのはこちらも嬉しくなる。だからできれば自分の気に入っている物や自分が欲しいと思っているような物を選びたいのだけれど。
もしアリスみたいに人の心が見えたらこんな事で考え込む事も無く、相手の一番欲しいと思う物をあげられるだろうに。
そう思ってから俺はその考えを振り払うようにブルンと勢い良く首を振った。自分がされて嫌だった事を他の人にしようと思うなんてどうにかしている。
改めてチェスマスターへのプレゼントの内容を考えようとしたその時だった。
「考えても何も浮かばないですぅ。いっそ、チェスマスターさんの頭の中が見れたらいいのに。」
三月ウサギの言葉に俺は眉間に皺を寄せた。先程自分も考えた事だから声を大にして怒る事こそ出来ないが、不快である事に変わりは無い。
「頭の中を見たいなんて、賛成しかねますね。」
「どうしてですか〜?だってそうすれば一番欲しいものがわかるんですよ?」
頭の周りに疑問符を浮かべる三月ウサギに帽子屋が首を横に振った。
「それじゃぁつまんねぇだろうが。こうやってプレゼントを考えるのも一つの楽しみだろ。」
なるほど、確かに帽子屋の意見に一理ある。相手がどんな反応をするのか考えながらプレゼントを選ぶのも醍醐味と言えるだろう。
しかし三月ウサギは納得していない様子で唇を尖らせて不服を表す。
「僕としては気に入ってもらえる物を送りたいんです。折角のプレゼントなんですから喜んで欲しいんですぅ。」
子供のように駄々をこねる三月ウサギに社長と帽子屋がため息をつく。
喜んで欲しいから頭の中を見たいのだと、三月ウサギはそう言った。自分が渡す物を喜んで欲しいと言うその気持ちだけで。
もしかしたらアリスもそうだったのかと、一瞬そんな考えがよぎった。俺達を喜ばせる為に願いを叶えさせようとしたのか?でも一体何の為に?
例えば今回はチェスマスターの就職記念のプレゼントとして渡したいという理由があった。それに対してアリスが俺達にプレゼント…この場合では願いを叶えるという事になるのだろうけれど、それをしようと思う理由が見当たらない。まして俺の願いを探す事にあれだけ執着していた事も気に掛かる。
それに、喜ばせるだけなら頭を覗くような事なんかしないで直接当人に聞けばいい。むしろ喜ばせたいなら願いを叶えてやるとそう言った方がいいのでは無いだろうか。そうしなくては願いが叶った所でそれがアリスのお陰だと気付く事もないだろうに。
ではアリスの狙いは一体何なのか。それを考えようとした時だった。
「頭を読むなどと言う出来ない事をあれこれ考えるより、堅実にプレゼントを探した方がいいと思うが?」
社長の言葉に思考が途切れる。三月ウサギは社長に促されると腕を組んで小さく唸りながら考え込んだ。その様子からして真剣に考えているらしい。珍しいと帽子屋が小さく呟いて俺達から離れてカウンターに戻っていくのを見ながら、俺はサンドイッチに齧り付いた。
大体半分くらい食べた時だろうか。三月ウサギが突然飛び上がるように勢い良く立ち上がった。椅子がガタンと大きな音を立てるのに社長が眉を潜ませて無言で注意するが、三月ウサギは気付いていないようだった。
「決めましたっ。僕、オリジナルケーキを作ります。」
「ま、お前はケーキだけが取柄だからな。」
大きな声でそう宣言する三月ウサギに帽子屋がカウンターから声をかけてくる。確か注文はこれで全部そろっているから、三月ウサギにお冷でも持ってくるのだろうと思いながらさして気にする事無く俺はサンドイッチの残りへと口をつけた。
「女王様は何にするんですか?大体決まってたりするんですかっ?」
自分の分が決まって悩みも無くなり、随分とすっきりした様子の三月ウサギはすぐにいつも通りのペースを取り戻したようだった。不機嫌そうな社長に臆する事無く声をかけてくるあたり、天然というのはある種最強なのかもしれないと考える。
社長はカルボナーラを淡々と食べながら首を横に振り、口の中のものを飲み込んでから口を開いた。
「全くと言っていい程考えがつかないな。贈物を考えるのは苦手だ。」
苦々しくそう呟くが社長のプレゼントのセンスはかなり長けていると思う。それは社長の時だけではなく女王の時もそうだった。品のよさがにじみ出ていながら、飽きの来ないシンプルなデザインのものを選ぶそのセンスの良さには脱帽する。
それに比べ自分はというと思い返した所で溜息しか出てこないようなものばかりで、その溜息を隠すように俺はサンドイッチの残りの一口を頬張った。
「ウサ公は決まったのか?」
カウンター越しに声をかけられ俺は戸惑う。正直、全くと言って浮かんでいないのだ。まして頭の中はチェスマスターの事ともう一つ、アリスの事が大きな面積を占めている。
アリスの事を無理矢理頭から追い出して必死に考えても、出てくるのは自分の気に入っている万年筆と、美味しいケーキと、使いやすいノートパソコンなど、自分の考えばかりだ。ましてケーキは三月ウサギがあげるからわざわざ同じものを選ぶのも無理だろうし、かといってノートパソコンは高すぎる。
「…万年筆、位しか思い浮かびません。」
困ったようにそう言うと、ヒュゥと帽子屋が冷やかすように口笛を吹いた。
「カッコイイじゃねぇか。長持ちするし、使えば使う程味も出るしよ。」
「でも、チェスマスターさんは万年筆使うかどうかもわかりませんし…」
そんなものを送られて喜んでもらえるかどうかわからない。相手の事を考えるのがいかに難しいかこんな所で再確認するとはと内心溜息をついていると社長がフォークを置いてからこちらを見た。良く見ると皿は地道に食べ進めていたせいか、もう空になっていた。
「あの会社の万年筆だろう?お前はアレを随分と気に入っていたからな。」
そう言われて、確か前に一度その話をした事があると思い出した。値段は若干高いけれど使いやすいと社長に勧めた事があったのだ。どうやらそれを覚えていてくれたらしい。
些細な会話だったのに覚えていてくれたのは嬉しいものだ。
「自分の気に入ったものをプレゼントするんですね。凄くいい事だと思いますよぉ。」
三月ウサギも便乗してくるが、俺にはそれがいい事のように思えなかった。結局自分の趣味を押し付けているというか、相手が喜んでくれるような物をと思っているその主旨を捻じ曲げているような気がしてしまう。
「自分が欲しい物を貰うのは勿論嬉しいですけど、相手が気に入ってるものを貰うのって違う意味で嬉しいんですよね。ちゃんと使って、それが良い物だぁってわかってるものをくれるんですから。それに、相手が好きなものをあげようって思う程自分が大切にされてるのかなって思いますし。」
まるで夢見る乙女のように胸の前に手を組みながら想像に浸る三月ウサギ。少女マンガも顔負けな程に目をキラキラと輝かせている。
「それがプレゼントの醍醐味ですっ。本当に良い選択だと思いますよ。」
「え、あ、ありがとうございます。」
帽子屋と一緒に毎日のようにパーティーをしていただけあってプレゼントには何かしらのこだわりがあるらしい。いつものハイテンションから夢見る乙女への変化に戸惑いながらも褒められた事に一応礼を言った。
「でも、それはダメですよぉ、眉間の皺。」
ツンツンと自分の眉間を人差し指でつつきながら三月ウサギがそう言ってくるが彼のような至極明るい頭を持っていれば俺だってプレゼント位でこんなに頭を悩ませる事も、眉間に皺を作るような事も無かっただろう。
「いいじゃねぇか。真剣に悩んでる証だろ。」
からかう様にそう言ってくる帽子屋に三月ウサギは納得したように大きく頷いた。
プレゼントや贈物に詳しいこの二人なら、もしかしたらアリスの思考がわかるかもしれない。どうして願いを叶えようとしたのか、どうしてそれに躍起になっているのか、予想だけでもつける事ができるんじゃないだろうか。
「あの、お聞きしたい事があるのですが。」
俺の言葉に三月ウサギと帽子屋が目を向ける。突然の問い掛けにどうしたのだろうという表情で見られて俺は肩身が狭い思いをしながらも口を開く。
「プレゼントをあげようと思う、きっかけって何なんでしょうか。」
随分と大まかな問い掛けになってしまった事を悔やむが大して考えずに口にしてしまった時点でこうなるのは大体予想ができていた。しかし、かといって詳しく説明すればアリスの事も説明しなくてはならなくなってしまう。
妙なジレンマに苛まれていると三月ウサギが口を開いた。
「喜んで欲しいから、じゃないんですか?僕はそうですよ?」
何を今更と言った様子でそう言われる。それはそうなのだが、それでは確かなきっかけにはならない。必死になるほどの何かがアリスにはあった筈なのだ。
「プレゼントする理由なんて大体それ位のもんだろ?」
確かに言われてみればそうなのだ。というよりそれ以外に余り浮かばないというのが正しいだろうか。どちらにしろ、アリスの必死な理由に結びつくものは得られない。
プレゼントとして、俺達を喜ばす為として願いを叶えているという仮定自体が間違っていたのかもしれないと、そう考えた時だった。
「他にもあるだろう。」
いつもの経済新聞を広げながら社長がそう言い放った。シンと静まる空気にその言葉がとても重く感じたのはきっと俺だけじゃ無いはずだ。
「例えば、何ですか?」
三月ウサギが問いかける。彼の中でプレゼントする理由は喜んで欲しいからというそれだけで構成されていたのだ。他の理由という物に興味を抱いたのだろう。
問われて社長はチラリと俺達を一瞥した。その目に僅か戸惑いが浮かんでいるのに気付いて首を傾げる。一体何を言う気なのだろうと首を捻っていると、社長が言いずらそうに言葉を口にした。
「悪い意味での贈物…つまりは賄賂だな。自分の価値をあげる為、自分の支配を続けていく為に使われる手段の一つだ。」
プレゼントという表現をしなかったのは社長ながらの配慮だろう。三月ウサギや帽子屋にとってパーティーは今も尚自分の根本に位置づく大切なもののはずだ。それに必要とされるプレゼントを、説明の為とは言え『賄賂』と表現するのに気が引けたのだろう。
「そんなの贈物なんかじゃ無いです!贈物って言うのは、もっと、もっと心が暖かくなるものなんですっ!」
「わかっている。だがその様に使わない者もいるという事だ。」
経済新聞に目を向けながら社長が冷静に言葉を紡ぐ。三月ウサギはそれでもまだ納得していないのか不満そうに唇を尖らせている。そんな様子を見て苦笑しながらカウンターから帽子屋がコーヒーを持って現れた。
「まぁな、そういう贈物も確かに世の中にゃ存在する。」
「そんなぁ…」
帽子屋にまでそう言われて三月ウサギはがっくりと肩を落とした。意気消沈という言葉がピッタリと当てはまるほどのその凹みぶりは見ていて痛々しい。
社長はそれに気付くと新聞から目を離して三月ウサギへと視線をやる。
「その様な事もある、と言うだけだ。すべての贈物がそうだと言う訳ではない。」
優しく諭すような社長の言葉に三月ウサギが小さく頷く。そんな皆の様子をどこかぼんやりとした感じで見つめながら俺は考えていた。
社長の言葉にあった『自分の支配を続けていく』という言葉が頭の隅に引っかかったからだ。社長はきっと新聞などに良く載っている賄賂の具体例を挙げただけに過ぎないのだろうが、それを聞いた俺は一瞬アリスの事を思い出していた。
アリスは言わばこの世界の支配者だ。その支配を確実にする為に俺達に賄賂として願いを叶えようとしたのか?いや、でもそんな事をしなくてもアリスが願うならこの世界を変える力、支配という部分はずっとアリスの手元にあり続ける。だからそんな事を考える必要性なんて無いはずで。
焦ったようなアリスの表情と、俺の願いを知る事に必死になっていたあの姿…。
「俺達がプレゼントがどうあるべきか理解してりゃそれでいいんじゃねぇか?それだけで十分だろ。」
カウンターから出てきながら帽子屋が口を挟んでくる。その手には本日のケーキセットがあった。ふわふわのシフォンケーキにたっぷりと掛かった七分だての生クリームと木苺のソース、もう片手には紅茶のポットと空のティーカップがある。香りからしてローズティーだろうか。
誰が注文したのだろうか?そんな事を考えながらも視線は真っ直ぐにケーキの元へ。やはりケーキセットをつけた方が良かったかもしれないと思っていると、帽子屋がそのケーキセットを俺の目の前に置いた。
「あの、注文していないのですが…」
注文ミスかと思い恐る恐る声をかけると帽子屋は首を横に振って目の前で紅茶を入れ始める。
「今日は大事なプレゼンテーションで成功したんだろ?だからおごりだ。」
だから気にするなと言われて俺は帽子屋とケーキセットを交互に見つめる。美味しそうなケーキと良い香りを放つ紅茶の誘惑に俺は勝てなかった。
「気を使わせてしまってすみません。」
俺がそう言うと帽子屋はやれやれというように肩をすくめてから紅茶を注ぎ始める。
「いいか?贈物ってのはお互いが嬉しい気持ちになんなきゃ駄目なんだよ。だからこういう時は謝るんじゃなくて感謝の気持ちを込めた返事を返すべきなんだぜ。」
「ありがとうございます。ただ…紅茶は零さないで下さいね。」
まさかこんな時までやるとは思えないが、一応念を押すと紅茶を注いでいた帽子屋の手がピタリと止まって、小さく舌打ちが聞こえた。
やる気だったのかと溜息をつくと社長が小さく手をあげた。
「それが終わったら食後のコーヒーを。」
「はいはい。ったく、人使いが荒いんだから嫌んなっちまう。」
減らず口を叩いてカウンターへと引っ込んでいく帽子屋の背を見送ってから俺は紅茶に目を落とした。
疑問はずっと疑問のまま俺の中で留まっている。まるで何かが喉につっかえたみたいで苦しくて、俺は紅茶を飲んだがやはりその感覚は消える事は無かった。


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