7.
 俺はいつもの店に来ていた。理由は勿論、チェスマスターの就職記念パーティーだ。鞄の中には、いつ帽子屋が暴走しても良いように雨合羽が入っている。まさかやるとは思わないが、相手はあの帽子屋だ。まして一緒に三月ウサギが参加しているのだから絶対にないとは言い切れない。むしろ暴走する確率の方が高いだろう。
 鞄の中には、昨日の帰り際に買った例の万年筆が入っている。果たしてチェスマスターは喜んでくれるだろうかと、そんな不安に苛まれながらそれを手に取る。贈答用として包まれたそれはリボンと合うようなシンプルな色合わせになっていた。
 三月ウサギは自分の気に入っている品を相手に送る素晴らしさを語っていたが、やはり何か他のものが良かったのでは無いだろうか?といったところで俺の頭では他の品物なんて思いつきもしないのだが。
「おい、遅いぞ。」
 後ろから突然かけられた声に俺は思わず飛び上がった。その勢いで万年筆を落としそうになるのを慌ててキャッチしてそれを鞄にしまいこむ。咄嗟だったせいかその動きはいつにも増して機敏だった。
 そんな俺の反応に楽しそうに笑う声。振り返らなくてもそれが誰なのかすぐにわかった。
「…アリス。」
 先週の日曜にあんな事があったからてっきり声をかけられる事もないだろうと高をくくっていたものだから普通に接される事に戸惑ってしまう。
 そんな俺の気持ちも知らずアリスは周囲を見回した。
「あれ?社長は?一緒じゃねぇの?」
「社長は仕事が残っているので遅れてくるとの事です。」
 アリスは自分から聞いてきたくせに大して気にならないというように、ふーんという声を出した。だったら聞くなと思いながらアリスを睨み付ける。
「それより、遅いとはどういう事ですか?時間通りに来たはずですが。」
 時計を確認してもまだパーティーが始まる時間ではない。今日はちゃんと時間より早めに来たのに、一体何処が遅いというのか。
 俺の言葉にアリスは自分の腕時計を確認してから、本当だと小さく呟いた。
「悪ぃ。お前の事だから、てっきりまた遅刻したのかと思った。」
 いつも通りの不躾な言葉に俺はムッとする。まるで先週の事などなかったような素振りに苛立ちは増すばかりだ。
 火曜日に社長から俺がアリスという存在に対して拒絶をしている事を指摘され、それが引き金でアリスが願いを叶えるといい始めるようになったのだという事は理解できた。その分は本当に申し訳なく思っている。不思議の国の住人としてやってはいけない事を俺はやってしまったのだから。
 だがしかし。アリスだってやってはいけない事をやった。人の頭の中を見るだけでは飽き足らず、俺の願いを引き出す為に、その為だけに初代アリスの幻覚を俺に見せたのだ。
 アリスに対しての負い目はある。彼には何の非も無いのだというのに俺が拒絶ばかりしていた訳だし。だが、かといって初代アリスの件に関しては許す事はできない。それ位、俺にとって初代アリスの思い出は大切なものだったのだ。
「あのさ、」
 突然アリスが言いにくそうに口ごもりながら声をかけてくる。いつのも彼らしからぬ声にどうかしたのかと思ってその顔を見ると、いつになく真剣な瞳と目が合った。切実とか必死とか、そんな言葉がぴったり合うようなそんな目に俺のアリスに対する敵意が思わず怯んでしまう。
「…こ、」
 アリスが口を開いたその瞬間、店の扉が開き中から弾丸のような勢いで三月ウサギが飛び出してきた。
「こんばんはっ!お二人ともお早いですねぇ。窓越しに姿が見えたので気になってお出迎えにきちゃいました。」
 立て板に水というか、それすら凌ぐマシンガントークに、バキリと話しの腰が折れる音が盛大に聞こえたような気がした。口を開いて何かを言おうとしていたアリスが大きな溜息をついてクシャクシャと髪を掻く。
 一体何を言おうとしていたのだろうか。言葉の最初で切られてしまったので内容を推測する事もできないが、真剣な顔つきから想像するにとても重要な内容だったのは確かな筈だ。
 しかしアリスは改めて言おうとする事も無く、まるで何事もなかったかのようにいつも通りの食えない笑みを浮かべている。先程の真剣さが嘘のようだ。
「あ、そう言えばアリスさん何か言いかけてませんでしたかぁ?」
 三月ウサギが問いかけるが、まぁアリスが答える事は無いだろう。その証拠に、問われてもアリスは先程のような真剣さを出す事がない。どうせはぐらかして終わりだろう。
「何でもねぇよ。それより、準備の方はどうなんだ?飾りつけとか終わったのかよ。」
 アリスの問い掛けに三月ウサギは勿論だと言うように大きく胸を張った。その様子では、どうやら話題を擦り返られているのに気付いていないらしい。
「今回は渾身の力作ですっ!頑張ったんですよ。」
 さぁどうぞ!と三月ウサギは店の扉を開け放って俺とアリスを強引に店内へと押し込んだ。一体その小さな体の何処からそんな力が出ているのかと思う前に、俺は店内の装飾に目を奪われた。
 帽子屋の店には余り目立った装飾品も置いておらず、質素…というよりはがらんとした雰囲気を醸し出していた。しかし今日はそんな雰囲気が一掃され、テーブルの上には清潔そうな城のテーブルクロスと小さなランタン、そして一輪挿し用の花瓶にカーネーションが飾られている。窓にはレースのカーテンが引かれ、カウンターにはいつも億へとしまわれていた調理用の様々な瓶が綺麗に並べられていた。
 そこまで何か物が増えたり色目を増やした訳ではないのだけれど、どこか華やかさを感じるそのレイアウトに俺は暫し感心していた。
「中々やるじゃん。」
 アリスが小さく呟くと、三月ウサギは少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「おう、お前らどうせ暇なんだろ。ちっと手伝え。」
 カウンターの中でてんてこ舞いになっている帽子屋が等間隔にスライスされたチーズやハムなどを皿に載せてこちらへと差し出してくる。
「オードブル作りだ。クラッカーに適当に載せて並べとけ。」
 皿を受け取ると、帽子屋が袋入りのクラッカーをこちらへ向かって放り投げてきた。先程受け取った皿はオードブルを飾りつけるための大きめの皿で、勿論俺の両手はそれで塞がっている。一体どうしろっていうんだ!
 パニックに陥る俺の目の前を手が遮り、そのクラッカーを見事にキャッチした。
「クラッカー投げるなよ。割れるぞ。」
 呆れ半分でそう言いながら、キャッチしたクラッカーにひびが入っていないか確認しているのはアリスだった。
「いいじゃねぇか、割れてねぇだろ?」
 結果オーライだと続ける帽子屋に俺は呆れて溜息をつく。
 しかし本当に忙しいのだろう、帽子屋はからかうのもそこそこにフライパンへと向かった。その横顔が至極真面目なのに気付いた俺は仕方ないと溜息をついてからジャケットを脱いで腕まくりをする。
 そんな俺に気付いてアリスが不満そうな声を上げた。
「手伝うのかよ、面倒臭ぇ。」
「では私だけでやります。すみませんが、手を洗うのでカウンターに入りますよ。」
 一言確認を取ると帽子屋が片手を挙げて肯定を示す。それを見てから皿を近くのテーブルに置いてカウンターの中に入ると、俺の目の端に三月ウサギがアリスになにやら必死に話しかけているのが見えた。
 手を洗い始めたので水の音のせいか声が聞き取りづらかったが、アリスにも手伝って欲しいという内容だった。必死に説得しているその姿がまるで大型犬にじゃれ付く小型犬の様だったが、言ったら失礼かと思い口を閉じる。
 一応食品を扱うので念入りに手を洗ってから俺はカウンターを出た。それとすれ違いにアリスがカウンターへと入っていく。どうやら三月ウサギの説得、というか止まらない言葉の羅列に負けたのだろう。
「さて…適当、ですか。」
 テーブルについて、ハム、チーズ、トマト、バジルソース、オリーブ、ベーコン、キュウリ…それらを見ながら組み合わせをどうしたらいいのかわからず色々思案して、とりあえず色合わせが綺麗になるように二種類ほど積み重ねてみる。
 文字通り適当に乗せただけなのに随分と立派に見えるのは皿のお陰か否か。とりあえず帽子屋のいう通り適当で大丈夫そうだと結論付けた俺はせっせとオードブル作りに精を出した。
「美味しそうですねぇ。食べたいですねぇ。一個だけならいいですよねぇ。」
 順調に進む俺の手を止める、不穏な言葉。窘める様に首を横に振ると三月ウサギは膨れっ面をして不満を表した。
「一個だけならいいですっ!絶対にばれません。」
 いや、大声で言っている時点でばれている。と言うより、確認を取っている時点でばれているような気がしないでもないが…。まぁ当人が気付いていないから言わないでおいてやろう。
 そっと伸びてくる手を手の甲で軽く叩き落す。掌で叩いたらもう一回手を洗い直した方がいいだろうし、その間に三月ウサギがそれに手を伸ばすのは目に見えている。
 もう一度伸びてきた手を叩き、又伸びてきた手を叩き、を数度繰り返しているうちに俺の隣にアリスがやってきた。さっきまで不満そうな顔をしていた割には律儀に袖を捲り上げていて準備は万端と言った様子だ。これは中々戦力になるなと思いながら、俺はアリスが席に座れるように少し座る場所を詰めてやる。
 アリスは少々戸惑いながらも俺の隣に座ってオードブルを作り始めた。何も言わなかったけれど、座る前の少しの間が今のアリスの心を映している様な気がした。やはり先週の出来事は俺にもアリスにも何かしらのわだかまりを作っているのだと、そう痛く感じていた。


 準備も整い、後は何も知らないチェスマスターがここに来るのを待つだけだ。てっきり帽子屋が趣向としてサプライズにしているのだと思ったら、ただ単に招待するのを忘れていたらしい。帽子屋の事だから、パーティーにばかり目が行っていたのだろう。
 社長も早々に仕事を終わらせたらしく、つい先程夫人を連れて来店した。料理もすべて出来上がり、帽子屋もカウンターから出ている。あとはチシャ猫がチェスマスターをテーブルに並べられた料理が冷める前に連れてきてくれれば完璧だ。
 この場にいる全員が、口に出さなくてもまだかまだかとそわそわとしているのがわかる。そんな心地のいい緊張感の中、突然三月ウサギが窓際に駆け寄った。それと同時に店の駐車場に入る一台の大型バイク。
「チェスマスターさんが来ましたよ!」
 興奮に声が僅か高くなりながら三月ウサギが振り返って皆を見た。キラキラと期待に満ちた目で三月ウサギが窓の外に再び目を向けるのを見ながら夫人が楽しそうにクスクスと声を立てて笑った。
「ふふ…楽しみです。」
 その顔には悪戯な笑みが浮かび、ねぇと同意を求めて社長を窺うと社長もまた口の端をあげて悪戯に笑って頷いた。この場にいる全員がグルになっての大きな悪戯に、誰の顔にも笑みが浮かんでいる。
 もうそろそろ店に入るだろうかと思って窓へと目をやった時、反射でここにいる全員を映し出す窓ガラスに一人だけ曇った顔が映り込んだ。皆が悪戯な笑みを浮かべる中、ただ一人悲しそうに視線を下へおろすアリス。
 また、だ。
 僅かな反射を食い入るように見つめているとカランと盛大な音を立ててドアベルが来客を告げる。開いた戸の向こうからチェスマスターが大きく口を開けながらこちらを見ていた。
「え、え、何で皆居るんだ?」
 驚いたような困ったようなそんな声をあげるチェスマスターの後ろからチシャ猫が入ってきてその背を押してやる。それに促されるようにチェスマスターが店内へと入り、困ったようにチシャ猫を見つめる。
「皆さんは貴方の就職を祝いに来たんですよ。」
 チシャ猫に微笑みかけられるとチェスマスターは暫しキョトンとしていたが漸く言葉の意味を理解したらしく、さっきまでの不安そうな顔を一気に笑みに変化させてチシャ猫と俺達とを交互に見やった。
「え?え?うっわ、マジ?本当!?」
「お前が一番最後だからな。盛大に祝ってやろうと思ってよ。」
 嫌味を交えながらの帽子屋の言葉にチェスマスターは勢い良くダッシュして帽子屋へと飛びついた。図体のでかいチェスマスターの全力のタックルに帽子屋がのけぞる。そのまま倒れてもおかしくない勢いを何とか気力で乗り越えてから、その大型犬の頭を手加減無く叩いた。
「お前!自分のデカさ考えろ!」
 バンバンバンと連続して三回追加で頭を殴ると漸くチェスマスターが帽子屋から離れる。数度叩かれていると言うのにチェスマスターの顔はとても嬉しそうだ。
「だってさ、滅茶苦茶嬉しいじゃん。皆にこうやって祝ってもらえるなんてさ!」
「そう言って貰えると、僕も頑張った甲斐がありますっ。」
 三月ウサギの言葉にチェスマスターが今度はそちらへと猛タックルを繰り出す。三月ウサギはそれを受け止めてもびくともせず、背伸びをして子供をあやすようによしよしと頭を撫でてやっていた。一体あの小さな体の何処にその様な力があるというのか。
 そんな皆の様子を微笑ましく見つめながら夫人が楽しそうに呟く。
「ふふ。皆さん変わりなく仲が良いのですね。」
「あぁ、いつも通りの騒がしさだな。」
 社長が苦笑いを浮かべながらそう言うが、その顔はとても嬉しそうだった。
「ほら席に座れよ。チェスマスターは主役だから誕生日席だ。」
 帽子屋がいつまでも三月ウサギにくっついているチェスマスターを引き剥がして一番奥、皆を見渡せる所謂誕生日席へと案内した。そして順に奥へと皆が詰めていく。勿論チェスマスターの一番近くの席にはチシャ猫が位置している。
「折角の料理が冷めるぞ。早く始めようぜ。」
 アリスがそう言いながら皆にグラスを回し始めると、それぞれがグラスの中に思い思いの飲み物を注ぐ。帽子屋と社長とチェスマスターはアイスコーヒーを、俺とチシャ猫とアリスがアイスティーを、夫人と三月ウサギが林檎ジュースをそれぞれ注いで皆がグラスを持ったのを確認して帽子屋が大きく咳払いをした。
「それじゃ、漸く仕事についたチェスマスターのこれからを祝って!」
 漸く、を強調する帽子屋の言葉にチェスマスターがばつが悪そうに笑みを浮かべ、他の皆は帽子屋らしいからかいの言葉に苦笑を浮かべ、俺達はほぼ同時にグラスを掲げた。
「乾杯!」
 グラス同士を軽くかち合わせる高音が響く。俺が座っているのはチェスマスターとは遠い位置だったので、掲げるだけで済ませる。チェスマスターはそれに気付くとグラスを掲げてニカっと笑った。それにつられて小さく笑みを浮かべるとチェスマスターは嬉しそうに笑って皆へと視線を向ける。
 グラスに口をつけて一口飲むと早速三月ウサギがオードブルへと手を伸ばした。どうやら相当気になっていたらしい。モクモクと口いっぱいに頬張って租借する様はどこか小動物に似ていた。
「それで、仕事ってのは何をやってんだ?」
「えっと…出来上がる前の段階のゲェムを試しにプレイする仕事、だな。」
 帽子屋が問いかけるとチェスマスターは首を捻りながら思い出すようにやや上を向いて暫く唸ってからわかりやすいように伝えた。と言ってもゲームに余り関わりの無い帽子屋は今一つ理解していないようだったが、きちんと仕事について話す事のができるようになっただけでも嬉しいらしい。
「はいはーい!ゲーム自体は作ってないんですかぁ?プログラミングとか、キャラクターデザインとか。」
 手をあげて椅子に座ったまま体を上下に揺すってアピールしてから三月ウサギが問いかける。いつも通り、否、それよりも高くなっているテンションに苦笑しながらもチェスマスターは答えてやる。
「それは担当の人がいるからな。俺は出来上がったのを確認する…お前らで言う味見係みたいなもんだ。」
 味見、という単語に三月ウサギと帽子屋がほぼ同時に納得したように頷いた。特に帽子屋の頷きは大きく、先程の説明ではやはりよくわかっていなかったらしいが、余りにも二人の頷くタイミングがぴったりだったのを見て俺は小さく吹き出してしまう。丁度その様子を見ていたらしいアリスと夫人が俺と同じように小さく笑っているのが見えた。
「お前のヒモ生活も漸く終わりか。」
 意地悪く笑みを浮かべながら社長がそう言うとチェスマスターは大げさに頭をかいて困った、というようなリアクションをする。
「漸く漸くって、皆酷くないか?」
「でも実際そうでしたから。ね?」
 鋭く突っ込みを入れたのはチシャ猫だった。オリーブの乗ったオードブルをつまみながら笑みを浮かべている。そこには明らかにからかいの意思が見て取れ、チェスマスターはうぅと小さく唸るも口元には笑みが浮かんだままである。
「そうなんだよなぁ。…チシャにも、迷惑かけたし。」
 最後の方は小さかったが、語尾は至って真剣なものだった。ちらとチシャ猫の方を見るチェスマスターの顔はどこかいつもより大人びて見えた。
「でも、チシャ猫さんはチェスマスターさんの頑張りを知ってましたよ。ね、チシャ猫さん。」
 夫人の言葉にチシャ猫は微笑みを浮かべたまま小さく頷いた。いつもの冷静な表情とは打って変わって柔和なその顔つきに俺は内心驚いていた。
 人間とはこんなに変わるものなのだろうか。いつも難解な言葉を吹きかけては人を惑わせ、物語を番狂わせにしていくその意地悪な部分すら影を潜めている。ただその目には慈しみと愛おしさといったものが湛えられていた。
「ほら、チシャ猫に何か言う事あるんじゃねぇの?いままで支えてもらってたんだろ。」
 サラダをつまんでいたアリスが手に持ったフォークでチェスマスターを指差す。突然の言葉に狼狽しながらチェスマスターはアリスとチシャ猫を交互に見つめた。あからさまな動揺に目が泳いでいるのを見て皆が声を上げる。
「そうですよっ!ちゃんとありがとうって言わないとです。」
「お前のようなヒモ男がここまでこれたのも、チシャ猫の支えあってのものだからな。」
「てめぇも男なら、バシッと決めちまえ!」
 一気に集中砲火を浴びるチェスマスターは更に混乱するばかりで俯いてしまった。それを見て助け舟を出したのは夫人だ。柔らかな表情で皆を一度見回してから窘める様に声をかける。
「それはチェスマスターさんが一番理解してますから。皆が急かさなくても言いますよ。」
 ねぇと問われるとチェスマスターはいつに無く真剣な眼差しで手元を見ていたが視線を上に上げて一度大きく頷いた。そして視線をチシャ猫に向けるが、改めてという部分に恥ずかしさを感じるらしく顔を僅か赤く染めて視線を再び落としてしまう。
 数度顔を上げ、下ろしを繰り返しているうちに店内は静かになっていた。皆が口を噤んでチェスマスターの言葉を待っている。時間が掛かれば掛かるほどにチェスマスターの顔は赤くなっているが、漸く決心がついたらしく口を開いた。








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