9.
鞄を片手に走るのは最早恒例行事となっている。勿論そんな俺の後ろをアリスがついてくるのも、話しかけながらも息を切らさないのもいつも通りだ。
「なぁなぁ、どうせ怒られるならサボっちまえよ。」
「勘弁してください。本当に首が飛びかねません。」
いつも、という枠から変わっていったのは毎日走りこんでいるせいか、走りながら話しても余り息切れをしなくなった事だろう。理由が理由なだけに自慢できるものでは無いが。
「なぁ、いい加減敬語崩せって。」
まだそれに拘っていたのかと内心驚きながら、俺は首を横に振る。キャラを演じているつもりは無いが、何と言うか、今の俺にこの口調はしっくり来るのだ。
「嫌ですよ。それにこの口調も中々気に入りましたし。」
「お前の素の口調をもう一回聞かない限り、こう、このあたりがモヤモヤするんだよ。このままじゃ元の世界に帰るに帰れねぇ。」
冗談交じりにアリスがそう言って何とか俺の素の口調を聞き出そうとするがそんな説得で揺らぐ事は無い。むしろ、更に敬語を使わなければならない理由が増えた。
「…では当分はこの口調でいないといけませんね。」
含み笑いを浮かべれば、隣まで差し迫ったアリスが目を丸くして視界から消えていく。ペースダウンしたアリスの声が後ろから俺を呼ぶ。
「おい、それってどういう」
あえてその言葉には耳を傾けず一直線に会社の前に止められた車の前に向かえば、社長が苛立ちながら俺を見据えた。イライラと腕時計を確認してから片方の端を上げた口から、叱りの言葉が飛び出すのに気付いて俺は首を竦める。
「いつも通りの遅刻だな。」
「申し訳有りません。では、私は仕事ですから。」
社長に深く頭を下げてからアリスに向き直る。ここまできたら俺をサボらせようという魂胆もパァだろうから、てっきりその事についてがっかりしているのだろうと思ってアリスを見ていたが、アリスは先程の言葉の方が重大らしい。
「…ちぇ。まぁいいか、じゃぁ気をつけてな。」
ヒラヒラと振られた手に俺は小さく頭を下げる。
「はい。貴方も気をつけて。いってらっしゃい。」
俺の言葉にアリスはフッと顔をほころばせて小さく頷いた。
「あぁ。」
こうやって俺達は毎日を続けていくんだろう。学校へと向かうアリスの背を見つめながら俺はそう考えていた。
いつか来る、サヨナラの時まで。
The End.


(c)Kyouzaki