4.
「さぁな、どうだと思う?」
答えは与えられなかったが否定もされていない。という事はつまり、俺の予想通りアリスは俺の頭の中を読んでいるのだろう。アリスはこの世界では全知全能であり、やろうと思えばなんだって出来る。俺の頭の中を読むのも朝飯前だろう。
だがしかし興味や面白半分でそこまでやる奴はいない。だとすれば…アリスは何らかの理由を持って俺の頭の中を読んでいるのだろう。その理由が俺には理解できなかった。
画面が暗転からゲームへと戻る。画面に映ったモンスターはバンパイアで初老を過ぎたくらいの見かけで動きは遅いが体力が多い。これは長期戦だなと思いながら銃を構え直した。
「俺があんたの頭の中を見ているって結論付けるにはまだ早いんじゃねぇの?」
「いえ、証拠は十分にそろっています。」
アリスは手馴れたように銃を扱ってバンパイアの出した攻撃用の火炎の玉を撃って相殺させている。その隙に俺は敵に攻撃を加えていきながらアリスの言葉を却下した。
「先程の返答、私が銃を得意である事やメールアドレスや電話番号を知っていた事、」
攻撃は俺、防衛はアリスという組み合わせで暫く銃を撃ち続けると、敵の弱点がわかってきた。どうやら向こうが火の玉を出して攻撃をした後に銃弾を撃ち込むと暫くはのけぞった状態で動かなくなるらしい。
俺の言葉が区切れるとアリスはハン、と小さく鼻で笑って銃を軽く振って銃弾を詰めなおす。
「返事は…まぐれだった。あんたの銃の事、メアドや番号は他の奴から聞いた。…そう言えば証拠は全部覆されるぜ。」
どうだと言わんばかりに高らかに宣言されるが俺は小さく首を振った。まぐれにしては余りにもできすぎている返事だったし、こちらにはまだ一つ、動かない証拠が残っている。
「貴方は寝る前のあの言葉を知っていました。…あれは、誰も知らない。」
俺の銃弾が中ボスを打ち抜き、敵の体力ゲージがゼロへと変わり画面が黒くなった。ゲーム画面が一時的に止まって得点が計算されているのを一瞥すると俺はアリスの方を向く。
そんな俺を見てアリスの表情から笑いが消えた。真剣な眼差しのままおどけたようにわざとらしい笑いを作っているその顔を睨みつけた。
「あれは、まぐれ…って、さっきも言ったからなぁ…無理か。」
言いながらもそれに説得力が無い事を理解しているのだろう、アリスは両手を軽く上げて降参のポーズをとってからゲーム画面へと目を向ける。それを見て俺も画面へと視線を戻した。中ボスが消えた事で苛立ちを隠せないラスボスが椅子から立ち上がり、ムービーからゲーム画面へと戻る。
「どうして私の頭の中を見るんです?」
俺の問い掛けにアリスは小さく唸り声を上げる。理由を説明する一番適した言葉を探しているらしく、すぐに答えを与えられる事は無い。
ミイラ男が道を遮るのを有無を言わさず銃弾を腹に一発、頭に二発、合計三発入れて道を切り開いていく。しかし突然現れた小型のバンパイアがそれを遮った。
「お前がこの世界を気に入ってない理由が気になって、かな。」
アリスらしくない確証の無い言葉に俺は片眉を上げた。ハッキリと断言できる理由も無いのに人の頭の中を覗いたとは思えないが、本当に何も考えなしに動いていたのか?この男は。
小さくてチョロチョロとすばしっこい敵に狙いを定めようとした矢先、アリスの銃弾がそいつらを葬り去る。
「あと、お前が何を考えてるのか知りたかった。いつもいつも寂しそうな面してるしさ。」
それはお前だろう?いつもこの世界の話しになると悲しそうに表情を曇らせる。それはみんなの会話の間のほんの一瞬の出来事で、俺以外の奴はきっと気付いていない。それ位、僅かな間だけれど。
俺から見たらアリスの方がよっぽど何を考えているかわからないし、いつも悲しそうな顔をしてる。一体どんなつくりになってるのか、いつもどんな事を考えているのか…一度中身を見てみたいもんだ。
「見てみるか?その気になればお前にエスパーみたいな力も与えられるからな。」
「いりませんよ、そんなの。」
俺の言葉にアリスはそう言うと思った、と楽しそうに呟く。頭の中を知ってるんだから、その先にどんな言葉を言うか目星がつくのは当たり前だと思うけれど、まぁ当人が嬉しそうだから言わないでおこう。
「じゃあ何が欲しいんだよ。」
からかうようにアリスが問い掛けてくる。茶化すように、と言った方が正しいのかもしれない。
狼男のようなモンスターが二体、突如現れてムービーへと切り替わった。
「お前だけなんだ。…願いが、見えない奴は。」
アリスの言葉が終わると共に、短いムービーが終って戦闘へと切り替わる。
「願いが、見えない…?」
一度口にして反芻したその言葉。それは言葉の通りの意味なんだろう。あの言い方だと、どうやらアリスは俺達全員の頭の中を覗いた事があるらしい。
そして、その中で唯一俺だけの願いが見れなかったと言うことか。
「そうなんだよ、お前だけ願いが無いみたいにぽっかり穴があいてる。」
それは当たり前の結果という奴だ。俺には願いなんて存在しない。ただ、この世界に合わせて姿を変えて、アリスの望むがままに動く。それだけの存在に、どうして『願い』なんて物が抱けるだろうか?
狼男の片割れがアリスの操るキャラクターに飛び掛った。と、画面が一瞬だけ赤く染まってアリスの体力ゲージが減る。
「貴方はなにがしたいんですか?」
俺の放った一言に、狼男に反撃していたアリスの手が一瞬だけ止まった。そして何事も無かったかのように狙いを定めてトリガーを引く。
「私達の願いを知った所で、貴方に何かしらのメリットがあるとは思えません。」
俺は確実に銃弾を当てて狼男の体力ゲージを減らし、一頭を退治した。残るは一体。
「別に損得勘定で動いてる訳じゃねぇよ。ただ…お前達の願いを叶えてやろうと思って。」
話している間にもアリスは狼男の体力ゲージを減らしていたが、如何せんアリスの命中率はあまりよろしくない。
さっきの中ボス戦だって、一つの火の玉を消すのに三回ほど銃を撃っていた。
「貴方は無駄が多すぎますね。」
俺が助太刀するように二発いれると、アリスはむっとした顔つきになる。
「どっちの意味だよ。銃か?それともお前達を気にかける事か?」
勿論それは銃のつもりだった。しかし問われてみれば、なるほどどちらの意味にも取れるし、実際俺は両方とも無駄だと思っている。
果たして俺はどちらに対し、『無駄』だと言ったのだろうか?口にした俺も、よくわからなくなる。
沈黙する俺にアリスが口を開いた。
「銃の命中率が悪いのは認めるぜ?そのせいで銃弾を無駄にしてるのも認める。…けどさ、」
アリスは銃の種類を一撃のダメージが強いものへ変えるとそれを狼男の胴体部へと撃ち放った。と同時に狼男の体力ゲージがゼロになってその体が地面に倒れ伏す。
「お前達の願いを聞くのは、無駄だとは思わねぇ。」
凛と強く言い放つ声。迷い無く紡がれる言葉は、突如始まったラスボスのムービーの大音量の中でも俺の耳にスッと入っていった。
「空想の存在相手に躍起になる事が有意義だと言うのですか?」
皮肉交じりに問い掛ければアリスは首を横に振る。そして当たり前だと言わんばかりに俺を見てこう言い放った。
「だって、お前達は『空想』なんかじゃないだろ?」
予想だにしていなかった言葉に俺は暫し呆然としていた。
「初めてこの世界に来た時、お前らメルヘンな世界で普通に生活してたじゃん。」
確かに、この世界はアリスが来るまでの間はデフォルトとしてメルヘンが主体の世界となっている。アリスが来て間もない時もデフォルト設定で生活し、アリスが世界の設定を変更するまでその状態で生活するのが常だ。
初代アリスの時は、彼女の意向でデフォルトのままキャラクターの大まかな設定を決めるだけに留まるなど、例外的な事もあったが。
「この世界は、外の世界…お前達の言う『現実』からアリスを受け入れて、そいつの思うがままに形を変えるんだろ?」
「そうです。その仕組みは貴方が一番理解していると思いましたが?」
何を今更わかりきった事を。そんなニュアンスを含めて言ってやったが、アリスはあえてそれに気付かないフリをして言葉を続けた。
「もうしお前達が100%空想の産物ならそれを形成するのに必要な『現実』が干渉しない間は存在できないはずだ。でもお前達はアリスが去って新しいアリスが入るまでの間もきちんと個として存在して、居続けてる。」
アリスの言葉がぴたりと止まる。それ以上を言う気は無いようだったが、逆に言えばそこまで言えばわかるだろうと、そう言われているようにも思えた。
中ボスとは違い、わずか長めのムービーが終わるとゲームが再開した。ラストの敵は人間の形をしている。という事は二段階か三段階か…ダメージが増えると形態と攻撃方法を変えてくる可能性がある。
再びゲームへと意識を向けたその時、アリスが視界の端で今までに無い動きを見せた。ゲーム画面を見ている俺に、軽くではあったがゲームのコントローラーで俺の後頭部を殴りつけてきたのだ。
「痛っ!何するんですか!」
思わずアリスを見やって怒鳴りつけるが、アリスは声を右から左へと受け流す。
「いやー、何つーの?…お前の目を覚まさせようと思って。」
何を言い出すんだこいつは。
疑問はゲームの音にかき消される。慌ててゲームに視線を戻せば俺の使用しているキャラクターの体力が攻撃を受けてさらに低くなっていた。
銃を構えれば、ゲーム音にまぎれながらも隣でアリスがクツクツと笑う声が聞こえてくる。
「寝ぼけているのは貴方の方ではありませんか?いきなり人を殴るなんて。」
苛立ちはすべてゲームの中へと向けられる。小気味良いほど狙いが定まって、次々と俺は敵に銃弾を入れていき、敵の攻撃も銃で打ち返すなど中々にいい成績を叩き出せそうだ。
「誰もお前が寝ぼけてるなんて言ってねぇよ。目を覚まさせるってのは、お前の誤解を解くって意味だ。」
誤解?一体何の話しだ?首をひねればアリスの銃弾が敵の胴を撃つ。先程よりも上がった命中率、その飲み込みの早さに俺は感心した。
「この世界が空想だとか、自分たちがアリスの為に存在するとか…な。」
アリスの発した言葉に俺は動揺し、バンパイアの攻撃を撃ち損ねてしまった。黒い靄の塊がキャラクターにぶつかって体力ゲージが更に低くなる。
アリスの発した言葉は、俺の信じていたものを否定するような言葉だった。この世界が空想の産物だという事、俺達がアリスの為に存在しているという事…それらは俺のこの世界の見解そのものであったからだ。
「私の世界観は、すべて誤解だと…偽りであるというのですか?」
俺の言葉は心なしか震えていた。でもそれは仕方の無い事だろう。むしろ、自分の信じていた世界観を突然打ち砕かれたにも関わらず、ここまで冷静でいられる自分に拍手を送ってやりたい。
「そこまで難しい事じゃねぇよ。…つまり、お前は空想の産物でもなんでもない、ただの人間だって事だ。」
俺が人間だって?馬鹿みたいな事を言う。確かに今は人間の形をしているが俺は元々ウサギで、人間なんかじゃ無い。そりゃデフォルトの世界が決まりも何も存在しない出鱈目なメルヘンだから、都合のいい時だけ人間の形をしたりとかはしているが…そんなものを人間と呼べるだろうか。
問わなくたって答えは一つ。否だ。
「貴方の言葉は理解しかねます。」
俺は人間なんかじゃ無い。俺達はアリスの為に生き、アリスの為だけに動く。その為に形だって変えるし、性格だって変わる。そんなあやふやな存在が空想の産物じゃないとしたら、一体何だと言うんだ?
現実に干渉されていない間も存在できているから空想じゃ無いとアリスは言ったが、逆に言えば、そのように現実というものに干渉されるという事は、この世界が現実じゃ無いからできる事だ。現実は現実に干渉されることは無い。何故ならどちらも現実であるから干渉する必要性がないのだ。
だからこそ、現実に干渉される必要性があるこの世界は、空想の世界であるという事になる。
「だから、その時点で違うんだっての…」
イライラとした感じでアリスが呟く。どうやらまた勝手に人の頭を読んでいたらしい。
「空想も現実も存在しない。あるのは違う世界が二つ…それだけだ。たまたまこっちの世界の方が他の世界の干渉を受けやすいだけで、他はもう一つの世界と大して変わらない。」
アリスの言っていた事は、正直屁理屈だと思った。もしくは、余所者ゆえの楽観的思考か…どちらにせよ、確実な考えじゃ無い。だというのに何故だろう。『空想』なんかじゃないと、そう言われただけで救われた気がするのは。
たかが、こんな青年の一言で。まして人の価値観をすべて否定するような不躾な奴の一言なのに。
ラスボスの体力が半分になると一時的に戦いが中断してムービーに入る。やはり想像通りに段階変化をするパターンだったらしく、ムービーの内容はボスの変化するシーンだった。
「随分と不安定な世界ですね。他の世界に干渉されなくてはいけないなんて…」
戸惑いを隠すように悪態をつけば、アリスは確かに、と肯定を示す。
「そんなに不安定な世界が『空想』ではないというんですか?」
「ただ単に曖昧なだけだろ。俺は俺の感じるものしか信じない性質だからさ、今感じてる世界が『現実』だと、そう思ってる。」
何て単純な思考回路を持ってるんだ。いっそここまでくると清々しささえ感じてくる。単純プラス楽観的な考えはチェスマスター並みだ。
「貴方程の単純な頭だったら私も少しは楽な考えを選べたのかもしれませんね。」
一応は褒め言葉だったのだが、アリスには貶す言葉に聞こえたらしい。何だよそれ、と不満そうにぶつぶつと言葉が聞こえてくる。
「一応は褒め言葉ですよ?」
念を押してそう言うとアリスが信じられないといった様子で俺の方を見た。途端にアリスの使用キャラに攻撃が加わる。
俺の使用キャラ程ではないが、随分と減ってしまった体力ゲージにアリスが小さく舌打ちをした。
「こんなゲームにムキになるなんて、大人気ないですよ。」
そう言いながら、敵の黒い雷の矢を打ち払う。タイミングが良いとその矢が反射して敵に当たるらしく、普通に銃で攻撃を加えるよりも敵の体力ゲージを減らせるらしい。
「お前だってムキになってんじゃん。目が本気だぜ?」
茶化すようなアリスの声。だが確かにその通りなので俺は否定しなかった。
たかがゲームと言われればそこまでだが、俺はこのゲームの世界観にハマって必死に体力ゲージを守りながら銃を撃ち続けている。それがムキになっているという証拠だろう。
それともアリスみたいに、それだけ真面目にぶつかっているのだと、楽観的に言い逃れでもしてみようか?
「なるほど、確かにそうですね。こんなゲームにムキになって…」
こいつ相手の時だけ、俺は何でもムキになっていた。紅茶を勝手に飲まれたり、些細な言動にいつもイラついていた。…それ程、俺はこいつと、アリスと真正面から向き合っていたのかもしれない。
「でもさ、ムキになると楽しいだろ?真剣に取り組むから、それだけ楽しみも増える。」
それはゲームの事だったのに、俺にはアリスの事のように思えた。
「世の中楽しんだもの勝ちなんだからさ、そうやってムキになって真正面から向き合うのも良いもんだぜ?」
アリスが銃を撃つ。その銃弾が敵キャラの左胸当りにある紅玉のようなものへと当たった。それが致命傷となったのか後少しだった敵の体力ゲージがゼロになる。そして画面が真っ暗になり、得点の集計が始まった。
果たしてアリスの言葉はこの世界の事だったのか、それともこのゲームの事だったのか、はたまたその他の何かの事だったのか…一体どれなのか、頭の中を読む事のできない俺は推測する事しかできないけれど。
まるで計ったかのように俺達の会話と同じような進展を見せるゲームは、アリスが俺の願いを知る為の一つの手段だったんじゃないかと思えて仕方が無い。
「それで…私の願いはわかりましたか?」
もしもそうだとしたら、この間にアリスは欲しいデータを俺の中から読み取っている事だろう。しかし返ってきた答えは予想外のものだった。
「いや、わからねぇ。」
あっけらかんと答えられて目を見開く。驚きを浮かべる俺にアリスは小さく唸りながら髪をくしゃくしゃとかき乱した。そこに見えるのは動揺と焦り。
動揺するのは納得する。これで俺の願いを知る事ができると思っていたのに、見事に裏切られてしまったのだから。だが、焦りはいったい何処から来ているんだ?まるで見えない何かに背を押されているかのようで、焦りを隠す余裕もないように見える。
「お前、毎晩言ってる言葉を覚えてるか?」
突然の言葉に俺は再び目を丸くした。アリスは相変わらず焦ったような表情を浮かべて縋るように俺を見てくる。まるでそれが唯一の救いの綱みたいな顔をしているものだからその気迫に押されて俺は無意識のうちに半歩後ずさっていた。
「…いえ、覚えていません。」
毎日のように寝る前に呟く言葉。毎日のように言っていればいつかそれが叶うんじゃないかと思っていたその言葉。それがアリスの言う『願い』というものなのだろうか?
しかしながら俺はそれを覚えていない。それは最早生活の一部だったけれども、それ故に意識して思い出そうとするとまるで夢のようにふっとその姿が掻き消えてしまう。追えば追うほどに遠ざかるそれはまるで俺自身のようだ。
アリスがこの世界に入るきっかけになるのは俺の存在だ。追えば追うほどに遠ざかり、そしてこの世界へと迷い込ませていくのが、俺の仕事。この世界に入り込み、世界を操る術を持つアリスの素質を持つものを導くのが俺の役目。他の世界から入ってくるアリスを迎え、そして元の世界へと去っていくのを見送るのが、この俺だ。
…そう言えば毎日のように言っていたあの言葉。それを言い始めたのは確か初代アリスが元の世界に帰ってからだった気がする。


(c)Kyouzaki